富士理容館 スタッフブログ * * * お店での出来事や、お知らせなどを掲載しています。    

スポンサーサイト

一定期間更新がないため広告を表示しています

| - | | - | -

典型的なオッサン旅行記

 
          『なあ、たまには旅行でも行きたくね?』


毎回毎回変わりばえのない月に一度の床屋(正確には元床屋かも
しれません)同期の飲み会で出たこんな一言から話は盛り上がり、
だったら、専門学校時代に修学旅行で行った仙台でも行こうじゃないか、
ということになり先月一泊で仙台まで行ってきました。




行き先選びも、東京から2時間位列車の中でのんびり飲めて、なおかつ
政令指定都市であり、飲み屋街付き、その上、近辺に温泉があれば
尚よろしい、  そうなるとやはり仙台が最良の選択でしょう、

みずみずしい三陸産の生牡蠣をグラスごとキ〜ンと冷えた浦霞で
    ツルッ、、  モグモグ、、   んんっ、、    ゴックン、、    

         『おい、仙台にしようぜ!!』
 
以前も皆で行った仙台でしたが、もちろん異論はありませんでした、、

参加メンバーは、私、一郎君、とっつあん、よしお君の四人、
18歳の頃から、もう30年もの長い付き合いです、、



新幹線の中でまずは乾杯、   
家だけでなく、こんなところでも第三の雑酒というのが泣かせます。
IMG_1823.JPG


上野11時半の新幹線でしたので昼食を兼ねての車内飲み会、、
周りに迷惑がかからぬよう静か〜に、、

私が持ってきたおかずはトンカツやエビフライ、焼鮭、卵焼き、ポテサラ、etc、、、
家内が作り、持たせてくれました、、
こう見ると、まるで遠足のバスの中のよう、

えっ?、何故駅弁じゃないかって?

それはまあ、、、  風情と言うか、、 旅情とでもいいましょうか、、
駅弁なんてものは雰囲気に浸りながら口にして初めて美味く感じるもん
であって 窓の外の景色が赤羽や大宮じゃあ全く旅情無いですよ、、
味重視でしたら、やはり手作りにはかないません、、
つまり、雰囲気×味=満足度、、 こんな図式でしょか、、


要は、映画館でしかコーラとポップコーンを口にしないのと同じですかね、

              でもちょっと貧乏臭いかな、、、、
IMG_1824.JPG



これ、とっつあんの後ろ姿、、


このとっつあんという男、巨体に強面ゆえ専門学校時代はいつも
教室の一番後ろの席で偉そうにデンと構える御大でした。
けれど見かけと中身は全くの正反対で、性格はいたって草食系です、、
IMG_1825.JPG




『なあ、とっつあんよぉ、ビール10本位買ってくれよ、、』

車内販売が近づくと酔っ払った一郎君がいつものおねだり、、、

『何で俺が買うんだよ〜〜!』

あたりまえの返し文句なんですが、そんな事を言われつつも、
その30秒後に何本か買ってしまっているとっつあん、、、

私はこんなとっつあんがたまらなく好きです、、、
IMG_1826.JPG


東北新幹線も”はやぶさ”なら仙台まで1時間半ですが、もちろん
乗ったのは ”やまびこ” 二時間半の楽しい時間でした、、



そういえば東北新幹線といえば余談になりますが、以前一人で
麻雀打ちに行ってた頃の事なんですが、、、、

もう10年以上も前になりますが、ある夜その頃よく通っていた雀荘へ行くと
あまり見ない顔のオッサン三人がいたんです。
折り悪くメンバー従業員も手が空かなかったので、仕方なく私がその
オッサンらに混じり、卓を囲むことになったんです。
私が席決めのサイコロころがしてるとその中の一人が、

『あ、おにいちゃん、、そういえばここ、東北新幹線は役満だからね、、』

と、言われたんです、、  顔を上げ、一瞬何のことだかさっぱり解らず、、

『え、?  何ですか? その東北新幹線って役、、、』

当然こう聞き返すと、

『なんだよ、、 東北新幹線知らないの??、、』


なんだなんだ、このオッサンらは? おかしな田舎ルール持ち出すなよ、、、

そう、口から出かけたんですが、まあ説明してもらうと、なによそれ?  
ってものでした、、

その意味とは、、  
門前で ”東” の暗刻に ”北” の頭、そしてピンズの一通、、、、、

どうやら1ピンを新幹線の鼻、2ピンをライト、3ピンをアンテナに
見立てるという東北地方限定役満だそうなんです、、、、

               へ〜〜っ、、 

そしてその3人は仙台の電気会社の社員さん達で、こっちで大きな
仕事があり、長期滞在しているそうで、そのために夜がとっても暇なので
毎晩あちこちの雀荘で遊んでいる、らしいんです、会社も有名企業です、、

”ふ〜〜ん、、 メーカー勤務かぁ、じゃあ給料もいっぱい貰ってるん
だろうな、、  だったら遠慮無く巻き上げますか!!”
ましてやその会社、以前株主になったとたんに増資こかれ、泣く泣く
損切りした苦い思い出のある銘柄です、、  
      となると、被った損失を社員さん達から回収です、




ところがところが、打ち始めると、こいつら三人組んでんのか?って
疑うほど強い強い、、    親国士は振り込むは、ヤキトリ喰らうは、
裏3枚のるは、チップは底つくは、、、   
もう、散々いたぶられて半荘4回オール4着、、   
結果、有り金全部巻き上げられて端数は負けてもらう始末、、
見事なまでの空財布にさせられたのが、とってもシャクだったので
精算後、強制的に中華丼を御馳走させ、サヨナラしました    、、

でも後になりよくよく考えてみると、ちょっと怪い面もあり、そういえば
あの三人誰一人として東北訛りなど無かったんで、ひょっとしたら
イカサマプロだったのかもしれません、、
見た目も蛭子能収や新お兄のような気の弱そ〜なオッサン達でしたが、
そもそも麻雀ゴロなんて本来そんなもんかもしれません、、

まあ、もっとも竹内力や安岡力也みたいだったら誰も近づかないですか、、




そんな事があったんで、私にとって東北新幹線っていい響きじゃ
ないんです、、






                   仙台駅前、、
IMG_1828.JPG


新幹線内でホロ酔いとなったわいいが、チェックインは午後三時、、
なんだ、、まだ1時間以上もある、、、

        『んじゃ、続きやろうぜ、、』    

こんな時スマホって便利ですよね、知らぬ街でも昼からやってる居酒屋
即ヒット、

ランチ食べてる人達の横で、グラスを傾け、オットット、、
ほんのちょっとの優越感、、
IMG_1829.JPG



とりあえず、おでんを頬張りビールを流し込み一息ついてメニューを見ると、、

なにこの値段、、   湯豆腐150円、トンカツ250円、、、  本当???

ところでこの ”エゴ” って何よ?  まあ100円だから頼んでみますか、、
IMG_1830.JPG



出てきたのがコレ、、  
なにやら刺身コンニャクのようですが海藻の味がしました、
モソモソした食感でしたが、お酒のツマミにはナイスな一品です。

IMG_1831.JPG


ずいぶんと飲んで居酒屋出たはいいが、まだ時間は午後3時も過ぎ、
昼間から酔っ払ってウロウロしてるとロクなことないんでホテルへと
向かいます、
IMG_1832.JPG


もちろん部屋はシングル4つ、

         おい、4時に風呂集合な!
IMG_1833.JPG


私ら以外絶対誰もいないとの確信を基にカメラ持っていったら、やはり
貸切風呂、こんな時間に風呂入る人なんかいないですよね、、
IMG_1836.JPG



だったら酔っ払った勢いで一丁ハメを外して、 

『おい一郎、一枚撮ってくれ!』

マッパではしゃいでいると、なんだか露出狂の気持ちもチョットは理解
できるような、そんな解放感、、、

ところが、いい歳こいて浮かれてたら当然この後バチが当たり、
撮影後この場所で足を滑らせ後ろへひっくり返り、背中を強打、、、 
      やっぱ昼から酒飲むとロクな事ないわ、、


ああ、、こんなことして、、  いい歳こいたおっさんが、、

       私、あと数カ月で50歳になります、、、、、、、、
IMG_1835.JPG






背中の痛みが治まったころには酔いも覚め、では街に繰り出しますか、

エレベーターを待つ間に一枚、、
IMG_1845.JPG


目指すはもちろん国分町、、      東北一の歓楽街、、  

言うまでもなく目的は三陸産の魚介類とキ〜ンと冷えた大吟醸浦霞、、

4人とも愛妻家なので変な場所には行きません、、  今は、、、
IMG_1848.JPG




ポツポツと暖簾が掛かり始めた夕暮れ時、目的の飲み屋へ入ってみると
すんごい繁盛、、   3年前はガラガラだったのに、、 
             なんだか期待できそう、、



早速お目当ての生牡蠣を注文するも驚愕の事実が!!


        なんと生牡蠣は出せないとの事、、

店側の説明では、なにやら生牡蠣はノロウィルスを保有しやすく
感染源にもなりやすいとの理由で今は出してはいけないそうなんです、、

なので、かわりに焼き牡蠣、蒸し牡蠣、牡蠣鍋、牡蠣フライ、、色々
揃ってますんでそちらをどうぞ、、    そんなそっけない言葉、、、

そうとは言われてみてもそれを楽しみに、わざわざ新幹線乗って
仙台まで来たんですから、”あっ、そうですか、” なんて引き下がる
わけにはいきません、

”いやいや、たとえ腹痛くなったとしても自己責任ということで納得します、
ましてや保健所なんかには絶対言わないから出してくださいな、、”

哀願とも言える私の訴えにも、 『ダメダメダメ!!』

なんだよぉ、、、    楽しみにしてたのに、、   つまんね、、



    チェッ、、  じゃあ浦霞じゃなくてビールでいいわ、、

チョッピリふて腐れたけれど、お通しが暖かいカレイの煮付けだったんで、
機嫌急回復、、     飲ん兵衛なんてこんなもんですよ、、、
IMG_1849.JPG






            『じゃあ、カツオでも食べようぜ、、』

酒飲みって奴は皆初カツオが大大、大好きで、これは春の訪れを告げる
酒食の王様といってもさしつかえないでしょう、、

そして今年初のカツオは仙台からでした。



          これが美味かったのなんのって!!
IMG_1850.JPG



穴子の白焼き、、

焼きたて熱々の串焼きに生山葵がタップリ、、 
皮はパリパリ、噛めば穴子汁ジュワッ、

ああ、、やっぱり浦霞頼んどくんだった、、   
IMG_1851.JPG



他にもずいぶんと食べ、すべて平らげたところで、

おい、もう一軒行かねえか??

IMG_1852.JPG





外へ出ると、夜の闇に力強く抗うネオン灯り、、

するとなんだか国分町も一番町も、前回来た時に比べ漂う空気が
明らかに違う、、
けれど商売人の私には分かります、その違いの理由が何かということが、

ズバリいってこれ、以前来た時に比べ、金の流れている気配がムンムン
溢れているんです、、
それは繁華街に入り込むタクシーの数や、暖簾越しに店内を覗き込む人、
ひと目で同伴営業と解るオッサン&キャバホステスの数の多さに
一目瞭然です、、    ひょっとしたらさっき生牡蠣を出さなかったのも
景気がいい証拠かもしれません、

何故ならば、商売とは元来売り手が十分な利益が得られるという主観が
あれば、お客さんに対してでも結構強気に出る経営者って多いもんで、
反対にそういう経営者ほど自分が苦しくなってくると、少しでも利益を得たい
が為にコロッと買い手主体のシステムに転換し、多少不本意な要望であっても
ワガママ聞いちゃうんですよ、、
(もちろん富士理容館は一貫して永遠にお客さん主体です。)
若い方は知らないでしょうが、バブル期のタクシー等がいい例でしょう、、

だとするとこれって、アベノミクス効果?、それとも震災交付金で潤ってるの?
まさか今年からの震災復興税の流れ着く先がここじゃないだろうな??
思いつくパターンは、 

震災復興交付金で全国から建築作業員を募る⇒ 昨年の選挙まで滞りなく
順調に進む⇒ しかし政権が代わり公共事業復活により作業員達が地元に
戻り始める⇒ 仙台市困る⇒ 引き止め工作に給料アップ⇒ 作業員達の
懐潤う⇒ 作業員達『飲んじゃおぅ!!』⇒ 国分町一番町毎晩栄える、、、

      ん〜〜〜っ、、 ??    こんな感じかな?
IMG_1853.JPG


この後、国分町をウロウロしてたんですが、客引きもポン引きも全くおらず、、
これって浄化作戦の効果っていうよりも明らかに客引かなくてもお客さん側
から来てくれるという証ですよ、、、  やっぱり仙台って金回ってるんですね、、、

そしてもう一軒行くも、飲み過ぎか、金よりも頭の中が回ってきて、おとなしく
ホテルへ帰り、部屋で酒盛り、、  これが一番楽しかった、、、

           ”おい、よしお、一枚撮ってくれ!!”

IMG_1854 mozaiku.jpg



オッサン4人で大騒ぎしながら飲み続け、7時に起き、カーテン開けると、ここは
オフィス街の真ん中でした、、


IMG_1857.JPG



9時に仙山線改札で待ち合わせということで、朝食後速攻でチェックアウトし、
仙台駅周辺をフラフラ散歩、、
IMG_1858.JPG




実は朝市を覗きたかったんです、、、



IMG_1861.JPG



買いはしないけど、こういう所は好きでよく来るんです、、

そもそも地元の朝市って、その地方の食文化意外にも生活様式もうかがえる
暮らしの鏡みたいなもんで、地方色が色濃く出ている、いわば郷土カルチャー
が凝縮された集合体なんです。 だからその地方を知るにはここが一番
手っ取り早い所でしょう、、  感想は、、

種類が多く値段もまあまあ、 それより特筆すべきは周辺がキレイで清潔、、
ゴミも全て掃き清められ、自転車やバイクで乗り入れているお客さんもおらず、
人のモラルが高い、、  こういうとこをが東北の人の生真面目さなんでしょう、
IMG_1862.JPG


時間つぶしにモスで一杯、、

んぅ〜っ、、、  ウチのお隣さんのスタバには悪いですが、違いが分からん、、

IMG_1864.JPG



九時前に仙台駅に来てみると一郎君発見、、 
ここから一緒に仙山線の改札まで行くも一郎君、バックの中をガサゴソ、、

                   すると、、、、
IMG_1865.JPG



あらら、、、、      こいつ、もう飲み始めた、、、、

IMG_1866.JPG



ホームへ降りるとガラの悪い糖尿ヘラクレスと、強面とっつぁんの喫煙タイム、、

    オイ、ところでとっつあんよぉ、、  なんだその内股は??


IMG_1867.JPG





二日目は作並温泉の旅館に日帰りプランへ出かけます、、
IMG_1868.JPG


山形行きの電車で約30分で到着、 のどかなたたずまいからは
期待できそう、、

IMG_1869.JPG


随分とインパクトの強いホームの装飾品、、、、
IMG_1870.JPG



駅に着くと迎えのマイクロバスが待機、、 
この日の旅館は ”湯原ホテル” 5分ほどで玄関前、、、
IMG_1871.JPG



さっそく中へ入ると、なんだか高そうな旅館だこと、、

送迎付きで11時から16時まで、お風呂にのんびり入り、客室で
昼御飯食べて、浴衣で過ごせる至福の5時間、これで5300円、、

高いか安いかは昼の御飯次第でしょう、、
IMG_1886.JPG



皆で部屋へ入るなり速攻くつろぐとっつあん、、 そしてやっと一服、、



私は非喫煙者ですが、今はどこへ行っても喫煙者の人って肩身の
狭い思いで気に毒です、、
なにも喫煙者の肩を持つ訳ではありませんが昔に比べマナーも
エチケットも格段に良くなっているので、もうそろそろこあたりで
勘弁してあげても、、、って思うんですが、、


IMG_1872.JPG


まあ無事に着いたということでお風呂へ入る前に皆浴衣に着替え、
景気づけの乾杯!

だいたいどこのオッサンも同じですが、オッサンの習性として、
部屋に入るとまずは冷蔵庫を開け、そしてそこに冷えたビールが
4〜5本でも入っていると、とたんに嬉しくなっちゃって、

『おっ!、ビールあるじゃんよ! 飲もうぜ飲もうぜ!!』

だいたい誰かがこんなこと言い出し、 
そしてコップを包んである曇りビニールをバリバリ剥がす、、、
           これ、鉄板パターン、、

      これを読んでるあなた、、   そうでしょ?


IMG_1873.JPG


到着の乾杯を済ませお風呂へ、、

どうやらお客さんは私らだけみたいなのでカメラ持参、、
なんだか、こんな明るい陽射し差し込む天気のいい日中、
昼間っから私ら以外誰もいない風呂だなんて、贅の極みですな、、、
IMG_1874.JPG



      あ〜〜〜〜っ、、、  熱気持ちい、、、
IMG_1875 kin.jpg


フラフラになるほどお風呂に浸かれば喉もカラカラ、、
4人とも湯気を立たせて部屋に戻ると、、、、、


              おおっ!!  なんと美しい!!
           
IMG_1879.JPG








      これ一人分、、 このほかまだテーブルに載らない料理も、、

    絶対これで5300円はスゴイ!    大満足!!
IMG_1881.JPG



     嬉しくなったところでまた乾杯!!


IMG_1882.JPG


こんな山の中なのにお刺身もプリプリ、、

美味い美味い!  

IMG_1880.JPG


キノコや海老、ホタテの入った汁物、、
これが一番美味しかった、、  皆酔っぱらい、そろって御機嫌、、

だいたいこうなると専門学校時代や独身時代に羽目外し過ぎて
遁走した事や、腹筋痛に耐えながら笑い転げたあの日の出来事、、、
この日来れなかった猛烈バカの海老根君の話、、
そんな話が幾つも幾つも飛び出し、辛かった事やケンカした
ことすらも楽しかった話題となってしまい、お互いグラス片手に肩を
たたき合い、30年前に授業でシャンプーや顔剃りをやり合った、
まさしくあのピュアだった、あの理容学校時代に戻れる
夢のような時間になるんです、、、


     こんな楽しいひと時をもたらしてくれる酒に感謝します、、
IMG_1883.JPG


そんな幸せな時間も料理と共に残り少なくなり、満腹の腹をさすりながら
一枚撮るも、”なんだ勇男よぉ、飯まで食ってんのか、、?  ”
            ああ、、、、 ウ〜〜ッ、、  ヒック、、、


この後しばらく昼寝をし、もう一度お風呂に入って酒を抜きました、、


IMG_1884.JPG




4時に旅館を出て駅へと向かい、霞むレールへレンズを向けると、
これまた絵になる一枚、、

前回行った秋保温泉は近代的なホテルが並ぶバブリーな温泉街ですが、
今回のこの並温泉はその秋保とは全く対照的で、駅に降り立った瞬間から
色濃い風情漂う温泉街(6〜7軒ですが)で、個人的には、どっぷりと
旅情に浸れるこの作並の方がチョッピリ勝ちかな、、






IMG_1887.JPG



    あ、来た、、    さてと、仙台から新幹線で帰る、

IMG_1888.JPG




わけなく、仙台駅構内名物、通称 ”牛タン通り、寿司通り” でトドメの一撃、、



IMG_1889.JPG




”もう何回乾杯やってんだよ、、、” ってくらい乾杯しました、、

さすが回らない寿司屋は料理も上品、グラスも上品、 ついでに
お値段も上品、、

『おい、一郎、、巻物はカッパか梅じそ、納豆以外は頼むんじゃねえぞ、、』

食いしん坊の一郎君の耳元に口を寄せ、そっと釘を刺す囁き、、、、、

IMG_1890.JPG


  ”も〜〜、飲めない、、、”  ってほど飲んで御土産売り場へ、、、

皆さんもお解りだと思いますが、旅行へ行って、かかった金額思い浮かべると
案外御土産代がトップになるってこと、しばしばあります、、

家の御土産は、ホヤの塩辛、、  スタッフには ”萩の月”
   これ、宇都宮で餃子買うのと同じぐらい定番中の定番、、


IMG_1891.JPG


この時点で20時前だとちょうど23時あたりに家に着くかな、、 

なんだかこの新幹線に乗り2時間後上野に着いて、 
       ”じゃあな、また来月な!”
との挨拶が待ってると思うと、なんだか乗りたくない気分、、
IMG_1892.JPG



ま、そんな子供みたいなこと言わず、さっさと乗りましょう、、

IMG_1894.JPG




新幹線に乗り込み、もうさすがにビールは腹が嫌がてるので、コーヒーで、、
IMG_1895.JPG


かくして1泊2日、オッサン4人で飲みまくった旅行もこれで
終わりとなりました。

主題が典型的なオッサン旅行とのことなんですが、要はこれ、
飲んで飲んで飲み続け、酔って騒いでの旅行のことだったんです。
典型的と書いていますが、これはなにも私の勝手な思い込みではなく、
私ら以外の同年代の連中が旅行へ行けば必ずこうなるもんで、
今回記事は全国共通オッサン基準と言ってもてもいいでしょう。
だって、文句も小言も言われず一日中ホロ酔いでいられ続けられるのって
仲間内での旅行だけですから、、 
飲むほどに酔い、喋るほどに愉快に盛り上がる、、、
まったくこれぞ至福の極みです。





などと書き飾ってはいますが、ところでその上記の内容について、
よく訊かれることがあるんですよ、、    どんなことかといいますと、、
”よくまぁそんな昼からチンタラ飲み続けてるけど、ところで一日中酒の
美味さって感じてるの? もし感じてなかったらそれってもったいなくない?”       
           こんなことなんです、、、



それについてここで率直に答えますと、
美味いのは最初だけで、後はたいして美味いとは感じていません、、
じゃあ、何でこうも飲むの? に、つながりますが、答えは上記の理由です、、

まあ呑兵衛が飲む程に酔うほどに止まらなくなる感覚を的確に例えるなら、、  
そうですね、、、      ん〜〜、、? 
こう、、落花生の袋に手を入れ、無意識にパリパリ割りながら食べ続けて
いると、いつしか止まらなくなっている、、   こんな感覚に近いかな、、?

それでもって回りには気心知れた朋輩が、『ほれ、飲めよ!』 と勧めてくれる、、
もちろん 『おっ、わりいな!!、、おろろ、、、オットット、、!!』、、 
そしていつしか気持ちが良い空気が流れ、その空気が
ストレスで汚れた胸の中を洗浄してくれる、、  l
こりゃあ止まりませんよ、、、


書きながら今、ふと思ったんですが、目的はこれだったのかもしれません、、

そのうち皆、教育費から解放されたら北海道でも誘ってみますか!!


    今回、尻切れ内容な終わり方になってしまい、すいません、、、








| 店長の休日 | 07:45 | comments(1) | -

まつ散歩、、いや、松戸の思い出、、



俳優の地井武男が亡くなってからもう半年も経つでしょうか、、


彼がまだ元気だった頃、東京の下町を中心に散歩してた ”ちい散歩” 
という番組、仕事が暇な午前中、奥で寝転がりながらよく見ていたもんです、、
私にはどう見ても単に散歩しているだけの内容にしか映らなかったですが
いつ羨望の目を持って眺め見ていました、、  なんてったって、フラフラ
散歩してギャラもらえて生活できるんだから、こりゃぁ夢のような仕事だな、、、
そんな思いで、、、、
まあもっともこんなのは私だけではなく庶民の皆が持ってる雑感でしょう、
もちろんそこに行き着くまでの苦労は斟酌はしますが、やっぱり羨ましい、
そんなもんだから彼と共に番組も無くなってみるとこれ結構寂しいもんです。


そうして幾月か過ぎた最近、ふとひらめいたんですが、番組が無くなった今、
庶民の典型、標本とも言える私が代わりに地井武男のよう散歩してみたら
いったいどんな気分なものなのか(もちろん無報酬ですが)を試してみよう
と思ったんです。 
要は我々庶民の客観的なその雑感を羨ましがられる主人公側から実見して
みようとの企画です、、
(やはり加山雄三じゃぁ、にじみ出る庶民平民の味は出ていません)

そう思いたった春まだ早い晴れた朝、さっそくヨレヨレのベレー帽に
ショルダーバッグを引っぱり出し地井武男になりきり、佐貫駅に向かい
 ”ちい散歩もどき” に出かけてみたんです。 

ところが張り切って出たはいいがここで根本的な問題が、、   
いったいどこ行こう? 歩き慣れてるといえば、北千住? 上野? 御徒町? 

改札を過ぎ、、  あっ、そだ、30年以上住んでた歩き慣れすぎた故郷が
あったわ、、、


よって今回の舞台は松戸、、 私松本ですんで ”まつ散歩” としましょう、、

本音を書くと、郷愁というか里心というか、一人でのんびり当てもなく
育った街をそぞろ歩きしてみたかったんです、、

まあ、つまらん個人的な思い出話ばっかりになると思いますが、
まぁ、行きますか、、






ホームから見た佐貫駅入口、、

そういえばそろそろ駅投だな、、、、、
IMG_1781.JPG




30分揺られて我が故郷へ到着、

東口に降り立ち左右を見ると、あいも変わらずの雑然としたビル風景、、
統一性の無い色彩看板、入り組んだ細い路地、放置自転車、、
しかしこれが目に入ると里帰りしてきたんだと実感できる風景で
なんとなく心安らぐ瞬間でもあるんです、、

そういえば右側のビル、、 かつて(30年以上前) ”ポンテ” という商業ビル
だったんですが、確か中一の頃、地下のゲームセンタで松戸一中の不良に
お金巻き上げられた事があったんです、
いきなり囲まれて 『おい、金出せ!』 でしたもん、、 いたいけな私らは
縮み上がって、紅顔の少年達が皆、チアノーゼ顔になってしまった
息苦しい思い出です、、

けれど今にして思えば、おかげで世の中には悪い奴がいるもんだ
気をつけろよ、、  との思いを思春期に植え付けてくれた、ひょっとしたら
後の人生にとっては、いい経験になったのかもしれません、、
けれど出来る事ならもう一度あの不良達と再会してみたい、、、、
こんどは確実にコテンパンに!、、、、、、、          は、 無いな、、、


そんな不良の縄張りだったこの辺りも、今ではすっかり清らかな街?
となり、その後、松戸一中はあの女性宇宙飛行士の山崎直子さんを輩出した
優秀中学となり、この横の新東京病院からは昨年天皇陛下の心臓手術を
執り行った高名医師達がいたりと、随分と街のイメージが高くなりました。
IMG_1782.JPG




歩き始めて10分、かつて勤めてたお店(写真なし)の前に19年ぶりに接近、、、
だんだんと胸が締め上げられてきました、、
     ああ、、、  この歩道、この駐車場、この風景、、、、




  『貴ちゃん、あと三人来たら焼き鳥、五人来たら寿司行こうよ、、』

当時そこのマスターと二人で驚く程の売り上げを上げていた職人時代、、、
陽が傾くと毎日小声でこの囁き、その後たとえその三人が来なくとも
閉店後には自転車に二人乗りして(運転手が私、後ろがマスター)全力で
ネオン街へほぼ毎日繰り出してた楽しかった思い出、、
そのうちあまりにも派手に遊び過ぎたせいか、同業者からの妬みか、
しまいには税務署に入られて、こってりお灸を据えられる始末、、、
それでも懲りることなく毎晩口の周りに泡付けて、二人で煽りまくった
生ビール、、


しかしながらそんな日々も長くは続かず、最後は些細な事でのケンカ別れで
店を飛び出し、流れ流れていつしか店主となった10年後、マスターが肺癌で
入院しているとの情報を聞きつけ、後ろ頭でも掻きながら病室に入り、
冷たい缶ビールでも差し出して仲直りしよう思ったんですが、

        そんな私を癌は待ってはくれませんでした、、、

後悔と心苦しさを背負って向かった通夜会場、歩み進んだ祭壇を見上げると、
そこに飾られてあった遺影は、まさしく、紛れもなくあの当時、あの言葉を
囁きかけるマスターの笑顔だったんです、、 

『よぉ! 貴ちゃん久しぶり、  いろいろあったけど楽しかったよな、、、
   先に行ってるよ、、、  こっち来たらまた二人乗りで繰り出そうよ、 な!』

そう語りかけてるよう、、いや、私には分かりました、そうマスターが発信した
んです、、

その瞬間、、『わあぁ〜〜あああああああああっ!!』、と大声で叫び、
両手両膝を地につけ、ゴメンゴメンと詫び続けるもう一人の私がそこに
いました、、

まばたきすると頬に涙が落ちるので、つまんだお香を覗き込むように
静かに下を向き、目をつむらず軽くこっくり頷くと、それはぼたぼたと
床にしたたり落ち、絨毯の上で玉になった幾つもの水滴がユラユラ滲んで
視界を覆っていました、、

そして誰かに声をかけられるのも嫌だったんで、そそくさと会場を後にし、
冷たい5月の雨降る中、トボトボと松戸駅に向かう道すがら、マスターとよく
通った居酒屋やスナックの前にさしかかると、とうとう我慢しきれず
声を上げて泣きました、、、

泣くな!泣くな!と言い聞かせ、降る雨以上に落ちる涙を抑えようと
下唇の右端を強く噛むと同時に、じんわり口の中に漂った錆びた鉄の味は、
きっと、欠いてはならぬ義理を欠いてしまった  ”自責の念”  という
呼び名の味だったんでしょう、、








そんな恩知らずのダメ人間を、故郷はこんなにも綺麗な空で迎えてくれました、、
IMG_1783.JPG





空を見上げ、『お〜〜〜い、マスター!!  元気かぁ〜〜〜っ?』

                ん、、、?



  あ、そうだ、、、 元気なわけないか、、  死んでるんだったわ、、、、、




 はぁ〜〜っ、、    里帰りしてはみても相変わらずバカば直ってないな、、
IMG_1784.JPG




国道6号線を渡り八柱方面へ進むと随分と、こぎれいになった野菊野団地、、




IMG_1785.JPG



坂を上ると胡録台消防署前、、

駅からここまで2キロ以上は歩いたでしょうか、、  ちい散歩もどき、
というよりも健康ウォーキングしているような感じ、、 
もっとも20年ぶりの風景は記憶の中のものとは全く異なったものになって
しまっており、こうなると思い出詰まった故郷という感覚も無く、さしたる感動も
ありません、、

ところでいったいいつからこんな小奇麗な街になったんだろう、
頭の中のアルバムには北京の裏路地みたいな画像が並んでいるんですが、
これじゃまるで新興住宅地みたいで、こんなの松戸じゃない、、 予定では 
”アド街っく地獄IN松戸” みたいな記事になるもんだとおもっていたのに、、
まったくもって20年もの時間とは瞼の裏の景色すら洗い流してしまう
意地悪をするもんです、、
IMG_1786.JPG



八柱方面へ向かう途中、30年前、専門学校在学中に年末実地研修との
名目で働きに出されたお店の前を通過、、     あれれ、まだある、、、

ふ〜〜ん、    じゃ、見学がてらチョロっと散髪でもしていきますか、、、
どうせ多店舗経営のお店だし正体割れ心配もないし、

そしてドアを開け中へ入ると、なんとなく覚えのある配列、、
『あの〜っ、、 予約してないんですけど、すぐやってもらえますか、、??』

わざとオドオドした新規客を装いペコペコ頭を下げるお芝居モード突入、、
しかし、店内を見回したとたん店主の性でしょうか、すぐさま頭ん中では、

『オイオイ!なんだこの壁の下のデカイ埃は! 
コラ!店内に案内する時は半歩前から手を差し伸べなきゃダメだろ! 
それよりもなんだこのキンチョールは! ハエや蚊等を連想させるもんなど
お客さんの目に入れるとはけしからん!!』

       けれど脳内と態度は全くうらはら、あえてモジモジ君、、、   

椅子に案内され座ると同時に担当技術者が刈布を巻きながら

     『今日はお仕事お休みなんですか?』  とポツリ、、、

ありゃ〜〜ダメだよ、のっけから新規客にそんな事訊いちゃぁ、、、、
だいたいどんな人かもわからないんだし、、、、
これ私も午前中のお客さんにはよく切り出しに使いますが、あくまでも
常連さん限定です、、 なぜなら初めてのお客さんにこれ訊いたら
答え次第じゃ気まずい空気が流れてしまうからです、、
けれどまあ、昔世話になった店ですし、彼にはまあ、学習ということで、、

『いや、あっ、あの、その、、 毎日休みみたいなもん、な、なんです、、、』

モジモジニートになりきり

         『、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、』

 クゥ〜〜ッ、、、  我ながらいい芝居!!  でもちょっと意地悪だったかな?

おかげこの一言で以後、お互い無言、、、、 
切り出し文句次第ではこうなっちゃうんですよ、、


40分ほどで終了、、 『お会計3990円です、、』    何?、、 た、高っ!!

でも研修とはいえ業界で初めて働いたお店で、教えてもらった事も多かった
はずです、 文句は言わない言わない、、、、       でも、、 高っ、、、、、、



そして、さっぱりしたとこでまた歩きだします、、    ところが、、、
この先、稔台から常盤平の間は、私にとってはロクな思い出のない所なので
懐しの新京成でショートカットしましょう、、

                 稔台駅
IMG_1788.JPG





駅で電車を待つ間、記事の紹介内容を浮かべてたんですが、松戸で有名所と
なるとやはり競輪場や矢切の渡し、本土寺、マツキヨ、戸定館、、、
こんなところかな、、   あっ、 我が母校、松戸託児所高校、、  
私の中では名所です、、


IMG_1789.JPG


みのり台、八柱、そして常盤平、、  ここで下車、、

ここ常盤平には、どうしても来てみたかった場所があるんです、、
潰れて無くなっていないか不安でしたが車窓から、まだ健在であることを
確認、、

          駅階段を降り、そちらへと足早に向かいます、、
IMG_1790.JPG





ここ、ここなんです、 

10代後半から2〜3年、夜ここの駐車場へくると、停っている車で誰が
いるかがすらすぐ分かるほど通いつめた、当時の我ら下層階級の
オアシスだった常盤平BS、、
IMG_1791.JPG


ここは二階がボウリング場で下がゲームセンター、、

変わらぬ入口を確かめ、さっそくゲーセンに入ってみるといやに明るい、、  
すると驚いたことに おじいちゃん、お婆ちゃん達がいっぱいいる、、、
いやはや昼間とはいえ、なんともまぁ健全になったこと、、、

私らの時代は夜ともなると、薄暗い空間の中、ボア付きの
土方ジャンバー小僧やイソギンチャク頭のパンスケ、
鼠先輩みたいな風貌のチンピラ、、 
そんな奴らがゲームもせずにハムサンド食いながらウロウロている、、、
ここに限らず昭和のBSのゲーセンなんてどこもそんなもんで、早い話、
社会のおちこぼれ達が集う掃き溜めのような場所でした、
そんなもんだから、子の非行に堪忍袋の緒が切れた父親が烈火の如く怒り、
このゲーセンへ乗り込み我が子の襟首掴んではズルズル引きずり退場させる、、
こんな光景もたびたび見られたもんです、、

     
そういう事のよくあった現場に30年ぶりに立ってみると自分では削除した
つもりの自堕落時代の記憶が再生されてきます、、、、、
するとその記憶の中の親父達と同じ年代になった現在、今度は勝手なもんで
頭の中では遊んでた側から遊び呆ける子を憂う側の目線になってました、、、
これも歳をとった証拠かもしれません、、

そして今更ですが一人しみじみその憂いてた親父達を思い返してみると、、、 

ほんと、昭和の親父達は強かった、、  ”強情” というより ”剛情” だった、、  
     悪く言えばまあ、、、  単純粗雑で、わかり易かった、、

そんな当時の親父達の、信念に硬直的で妥協を許さず一歩も引かず、
張り倒す行為も教育も一貫だと信じて疑わなかった行動力を伴なう
ハートの強さ、という面にはいまさらですが49歳の私、畏敬の念すら
抱きます、、

時は流れ、いつしか体罰もスパルタ教育も社会悪のカテゴリーに組み込まれ、
非行の泥へ沈みかけた我が子を引っ張り上げる手段は、言い聞かせる事しか
選択肢の無くなってしまった現在、ではどういう手段をもって更生さすか
躾けるか、これは子供のいない私の立場からでも十分考えさせられるものが
あります、、
   自分だったら、、だったら、、、??  ん、ん、?   そうですね、、

一番の有力案は決して体罰を肯定する訳ではありませんが、私の経験上、
世の中、悪ぶっている奴にほど暴力とは効果的なもんで、拳+説教で世の
道徳やルールを熱く説くと、これおかしなことに本人は痛い思いをしたにも
かかわらず、それを愛情込めた薫陶と勘違いし、素直にうなだれて本心を
ポロリとこぼすもんなんです、、  
やぱりこれが一番実効性あるかなぁ、、  もちろんこれは素行不良の者に
対してであり、今問題の指導での暴力は論外です、、
ところがこの策、失敗すると、いかなる原因があるにせよ相手に被害届を
出されたなら、こちらが警察の椅子で素直にうなだれる事になってしまう、、  
という大きなリスクを伴うので、あまりお勧めはできません、、、、、、  




なんだか話が変な方向にれズレてしまいましたが、まぁ、社会常識も
躾方法も時代とともに大きく変わってくるということです、
この後さすがにレンズは向けられなかったですが、この写真下右側に
70歳は過ぎてあろうお年寄り達があの頃の私達のよう楽しそうにワイワイ
やっていました。
フッと気が付いたんですが、このおじいちゃんらがその熱かった
親御さん達なのかな?     

ひょっとして、、、       ”30年は前営業妨害してゴメンな、、、  
当時のバカ息子、バカ娘に変わって今ここで売り上げに協力するからね、、、”


          そんな理由なのかな?     違うかな?
IMG_1792.JPG

ピンボール、コイン落とし、クレーンゲーム、、、
ドンキーコング、スパルタンX、ハイパーオリンピック、、、

もちろんそのようなものは昭和の年号と一緒に消えて無くなり、もうここでは
完全に浦島太郎状態、、

でもまあせっかくなんでパチンコでもやりますか、、



 ん〜〜っ、、、  やはり競輪のように払い戻しがないと思うとつまらん、、、、、
IMG_1793.JPG




では五香方面でも行きますか、、


IMG_1794.JPG


この桜並木、松戸では結構有名道路で、季節ともなるとピンク色の
トンネルの下、イカだのタコだの露天がズラリと並ぶ賑やかなお祭りが
毎年開催され、小学生の頃は300円位ポケットに入れ自転車飛ばしたもんです。

IMG_1796.JPG


あれ〜〜っ!!!  この店まだあった!!  こりゃ懐かしいわ!!


これ実際に口から出た言葉でした、、


思い返せば、かつて底辺高校1年の頃、一つ上の先輩で通称 ”マサ斉藤” 
というワルがいたんです、名前からして悪そうな奴でしょう、、
ところがこれ実際ほんとワルで、非行を実体化させたような真実の不良
だったんです、、、
私とは性格こそ違えど、二人なにかとウマが合い、ウマといえば
高1の頃はよく競馬やパチンコ行ったり、コンビでイカサマ麻雀打ったりとか、
ロクなことしない高校生コンビでした、、 けれど私にとって
”貴征貴征、”といってはかわいがってくれ、色々な所へ連れて行ってくれる
兄貴みたいな存在でもあったんです、、、 
そしてこの写真の喫茶店はそのマサ斉藤と、その仲間達でよく来てた溜り場で
タバコの煙の中、インベーダーやポーカーゲーム機(もちろん換金出来ません)
等で皆ダラダラと長時間過ごす、さながら阿片窟のような喫茶店でした、、

とはいえ15才の私にとって、当時の喫茶店とはモノ凄い憧れの空間で
足を組み、コーヒーカップつまんでいるだけで社会から認められた大人に
なったよう、そんな気分にさせてくれる場所でもありました。
ファミレスなんて無かった昭和50時代前半、ナポリタンやポークジンジャー
のようなしゃれた横文字の食べ物など洋食屋か喫茶店でしか食べられず
貧乏床屋の倅で当然そんなもん食べた事どころか存在すらも知らなかった
年下の私をマサ斉藤はきっと不憫に思ってたんでしょう、
『ほれ、食え食え!』 と言っては色々ご馳走してくれたんです、、、
そんなもんだから初めてナポリタンを食べた時、あまりの美味さに
ビックリしてオシッコ漏らしそうでした、、、

そんな私に対し御馳走してくれていたお金の出どころが実は彼が毎日
登校前に早朝からやっていたバイトで稼いだお金だったと知ったのは
私が成人してからのことでした、、

話は戻って、そんな優しい一面も持ち合わせたマサ斉藤でしたが、
高2の冬、あまりのワルさにとうとう底辺高校をクビになっってしまったんです。
私は何とか難を逃れ首はつながりましたが、その退学と同時にコンビも解消、
だいたいこうなると中退者は鳶だの配管工だのお決まりコースなんですが
その後彼は定時制を経てなんと自衛隊へ入隊したんです、、
やっぱり変わった男でした、、、、、

そして、職業軍人となり松戸から消えたマサ斉藤との再会は25年後に
やってきました。 それは彼の父親の葬儀の場でした、、

その夜、しおらしく焼香の列に並んでいると正面横に背筋をピンと伸ばし
顎を引き、ひと目で軍人と分かるマサ斉藤がジッとこちらを向いてたんです、
それに気が付いた私がそちらへ視線を流すと、ばっちりと目が合い、
その瞬間二人ともお互い口元を緩め二ヤッと笑い、もうそれで互いの
25年間分のすべてが分かり挨拶終了、、
これは、いうなれば威厳溢れる雰囲気と顔に刻んだ苦労の皺とは
男の度量の物差しで、言い換えるならば、男の面構えと居ずまいは、
己の生きざまををキッチリ記した人生録みたいなもんでもあり、
寸秒見れば言葉は無くとも理解できるもんなんです、、

けれど、25年ぶりのマサ斉藤は三人の子の父親になったはいえ、
             やはり、、   悪人顔でした、、、、、、
             


とはいえそんなこと書いてはいますが、もしマサ斉藤があの頃と変わらない
鋼鉄の男のままでしたら、これは自衛隊としては至宝の人材といって
いいでしょう。
なぜなら、彼にとって退学のみが人生唯一の汚点であり、良くも悪くも
奸智に長けた策士であり、やり手でもあり時代は違えど下剋上の世に生まれ
ていたら間違いなく、ひとかどの大名位にはなってたであろう、諸葛孔明と
田中角栄を足したような、絶対敵に回したくない、、そんな器の人間なんです。

だから現在極東アジアでの領有権を巡って軍事衝突が懸念される中、中国や
北朝鮮のよう核兵器を持つ国に対してでも9条理念である専守防衛という
総警やセコムのような追い払うだけの行動しかとれない我が自衛隊ですが
核兵器級の男 ”マサ斉藤” という自衛官、、いや、軍神がいると思えば
人民解放軍や将軍様親衛隊といえども米軍無しで掃討、もしくは優位な条件
での和平を締結できそうな気がします。


つまらない回想ですが、、


          かつて松戸にはそんな男がいました、、、、、、



ここがその喫茶店、、  ドアを押す勇気は、、    ありませんでした、、、、
IMG_1795.JPG




そんなマサ斉藤との想い出を辿りながら喫茶店を横目でやり過ごしながら
歩いていると、うららかな春の暖かさのせいでしょうか、いきなりフラッとした
めまいを覚え、目の奥が渦巻いてるような気分になってきたんです、、

始めはいつもの立ちくらみと気にもかけませんでしたが、なんか違うぞ、、  
不思議なことに歩みが急に軽くなる微妙な違和感、  誰か押してる?
  んん、、、、いや違う、なんだぁ??  こりゃ変だぞ、、足が軽いぞ、、?
なんというか脚の跳躍力というか、歩みの推進力というか、簡単に前へ
進む、、、?
それはあたかも高校生時分のしなやかな躍動が今に甦った感覚でした、、
そんなもんだから混濁し始めた意識の中、、いい歳こいて、

ははん、、 まさか高校時代にタイムスリップしたわけじゃないだろなぁ、、??

非現実すぎる微かな期待は、グルグルと吸い込まれるようなめまいに
押し流され、軽いはずの足が、、、    おっとっと、、  もつれた、、、、、、  
すると、、、   
           あれっ? 俺こんなとこで何してんだ、、

まるで白昼夢の幻想世界にでも迷い込んだような夢うつつな気分になり、
思い出したように顔を上げ正面を見据えてみると、どう見ても記憶に
刷り込まれているあの頃と全く変わらない桜並木風景、、、
すると、今度はもうろうとなった意識の中、おかしな妄想にかられます、、
”あれ、、ひょっとして、これほんとに戻っちゃったかな??  
もうこうなると、またまたいい歳こいて願望ファンタジーモード突入、、、
    って事は、今まで過ぎた事って、なんだったの、、、、? 
床屋になったのも、おやじが死んだのも、東北で大地震があった事も、??  
それとも実は今は昭和55年の春休みで、おとといの夕方からずっと眠り続け、
長い長い30年分の夢見てて、その夢からたった今目覚めたのかなぁ、、、、
           ふ〜〜ん、、、、   だったらいいな、、、 

まるでフワフワ雲の上にいるようなトランス状態でそんな幻覚にかられること
1分、、、  いやいや、そんなわけ無いと右手親指の内側を触ると、
長年の鋏の開閉によりいびつに変形した我が骨の形、、  
はい、通常モードへ降格、、、
     そんなことしなきゃもうちょっと幸せ気分味わえたのに、


『だよなぁ、、、、  なに馬鹿な事考えてんだよ、、、』  小声でポツリ、、
すぐさま正気に戻り、覚醒しきった頭で今の状態をよくよく考えてみると、、
すぐさま弾き出た答えは、、


       おいおいこりゃあ、ボケのはしりだな、、、、、、、






そうつぶやき顔を上げると五香駅、








IMG_1797.JPG





じゃあ、実家方面でもいってみますか、、

IMG_1798.JPG



もう10キロは歩いたでしょう、、、   
地井武男は番組見る限りでは、いいとこ毎回2キロぐらいだったんで、
ちょっと張り切っちゃったかな、、
でも傍から見ればフラフラ徘徊しているようでしょうね、、

五香を過ぎ六高台へ入ってきました。
ここまでくれば35年ぶり、あそこへ行ってみましょう、、、
IMG_1799.JPG



何かに吸い寄せられるように向かったかつての学び舎(旧、六実中学、
現、六実第三小学校)

見上げればたしか正面2階は職員室だったよな、、、、
右の3階が理科室で4階が音楽室、 35年経っても結構覚えている
もんです。

あ、そうだ、今思い出した! そういうばここの音楽室っていえば、凄んごい
恥ずかしい事あったわ、、
思い出したとたん鼻息で笑っちゃうような出来事だったんですが、もう
38年も前の事ですし、、それにもう羞恥心も感じない歳だし、
そうとう恰好悪いですが、この際ブログネタにしちゃいましょうか、、
書くのもはばかる程恥ずかし話です、、


それは中一の合唱祭の練習であった一件で、この写真右側4階の
音楽室での出来事なんです。

その日、お昼の弁当食べ終えた午後、私達のクラスはその音楽室でとっても
退屈な合唱祭の練習をしてたんです、(課題曲がダークダックスの銀色の道でした)
ソプラノだのテノールだのアルトだの、それぞれ分かれ一段高いステージに
クラス40人位、肩が触れるほど四方に並びダラダラやってたんです。
だいたい予想はつくとお思いですが、そうです、、腹の調子が悪かったんです、、
直立の姿勢になれななるほど屁が下に押し出されるような、とってもイヤな
腹具合でした。けれど前屈みになっていると、万が一出てしまったら、これもう
言い訳できません、、今になって考えればトイレ行きゃぁよかったんですが、
今も昔も中学男子は大の個室に入っていると、なにかとイヤガラセを
されるもんです、、   
かくいう私もバケツを投げ入れたり、デッキブラシの柄で下の隙間から
オラオラやったり、     その反対に、一本糞がお尻にぶらさがっている最中、
ホースで頭上から水責めにされた事もありました、、
だからこそその日はなんとか放課後、”家までダッシュ” で逃げ切りたかった
んです、、、  

しかし、、残酷にもその時はやってきました、、音も無く、本当に音もせず、
シュ〜〜ッ、と、、      それは、経験したこともないような少年屁で、
熱を帯びてるとでも言おうか、、、つまり、肛門を通過するさい熱を感じる、、
さながら熱風のようでした、、、、    下品な表現で大変すいません、、  
 まぁそんな事より、、

     ”や、やっちまったぁ、、、、、、” 


一瞬にして私の鼻をうかがう、ゆで卵の臭い、、 
心幼き当時の私でもこりゃあ内臓が飛び出したんじゃないかと思うほど
濃度満点、飽和MAXのスカシっぷりでした、、 
すぐさま漂い始めた異臭に気付いた左斜め後ろ、ソプラノ担当の女子が
『キャ〜〜ッ!!!』と、金切り声を上げたのを皮切りに、両脇からも 
     『うわぁ!くっ、臭っさぁ〜〜ぁぁあああああ!!』
これは、今しがた習った輪唱の実践でしょうか、順を追って次々に広がって
ゆく叫び声、、、、、
なにせ合唱の立ち位置なもんだから接近しまくり、言うまでもなく私中央、、
一瞬にして合唱祭の練習は悲鳴入り混じる修羅場と化しパニック状態に、、、 
走り出す者、肘の内側を鼻に当てる奴、涙目になる女子、、
そんな中、私の頭の中では、こりゃあ如何にしてこの場を切り抜けるか、、 
もうそれしかありませんでした、、
しかし今でこそ反省してますが当時の私は悪かった、、、、
すぐさま後ろを向き、野球部のチビですばしっこいセンター、、 あだ名は
もちろん ”モンキー”  『おい、モンキー! てめえやりやがったな!!!』
あ〜あ、自分でやらかしといてモンキーのせいにしちゃうなんて、
なんという非道っぷり、、、

蜘蛛の子を散らしたように四散するそんな中、クラス男子の中で密かに
隠れファンの多かった可愛い系女子のA川が、あたかも牛の鼻輪のように
二本指で鼻をつまみ、真っ赤な般若顔しながら逃げていくさまは まるで
牛追いの少年に追われてる放牧牛のようで印象的でした、、、
そうとう臭かったんでしょう、、 ゴメン、、

誰だ?誰だ?やったのは?、あちこちから声が上がります、、
腹ん中じゃ (そりゃ俺だ、、)
もちろん白々しく私も、『こらぁ、、誰だぁ!屁ぇこいた奴は!!』叫ぶも、、
腹の中じゃ (そりゃ俺だ、、)


やがてピアノで伴奏していた先生が、職務上あたりまえですが、
    『こらぁ!! 静かにしなさぁ〜い!! 』
ピアノに備え付けの椅子から立ち上がりツカツカと近寄るも、、 先生一言、
      『うっ!、、、、、、、、、あらやだ、、、臭いわ、、、』

と、まあこんな、、、  要は早い話、卵屁一発で合唱祭の練習を大混乱に
陥れた、、たったそれだけの話なんですが、率直に言いますと実は今でも
心の棘となって、時たま痛んでいたんですよ、、特に迷惑かけた二人には、、
でも実はその後もその二人とは付き合いがあったんです。

モンキーは私と同じ底辺高校へ進み、卒業してからも常盤平のBSでたむろす
地元仲間でした。  合唱祭の一件は後々、平に平に謝りました、、
彼は今はトラック運転手として真面目に働いてます、、

A川とは高校を卒業した年にお互いの仲間を通し再会し、単なる友達として
よく二人で遊びに行ったり飲みに行ったりしました。
残念ながら、それ以上の縁はありませんでした、、
そんな彼女に思い切って件の話を一回だけ問いかけたことがありました、、、
ある夜、二人で飲みに行った時、カウンターでグラス傾けながら恐る恐る、

『おい、おまえ中一ん時の合唱祭練習の異臭騒ぎ覚えてるか?』

忘れてたらラッキー、 ”え?そんなことあったっけ??”  あたりの返事
を期待したんですが、、

『うん、憶えてるよ、すっごい臭かったアレでしょ、、、すっごい憶えてる、、』

”ありゃ〜っ、、、   憶えてるじゃん、、”
いいかげんそなこと忘れてろよ、、知らないって言えば、
『そういえばさぁ、、』 って始まり、『実はよぅ、、、』で、カミングアウトに
もっていき、順を追って素直に謝ろう思ったのに、、 全く、この女わぁ!!  
そうも思ったとたん、口からでた言葉は、、、

『あれ本当はおまえがやったんだろ! 正直言ってみ、たとえそうだとしても
大丈夫だよ俺、黙ってるから、な、そうだろぉ、、正直に吐け〜〜っ!!、』

あれから10年経って今度はモンキーからA川に罪を着せようと、
まだまだ健在な非道っぷり、、     すると、、、

『何言ってんのよ、、 あたし知ってるんだから、あの時一番オドオドしてたの
松本君だったっての、、 そうでしょ!! ねぇ、今なら許してあげるよ、 
そうでしょ!  正直に吐きなさいよ!!』
           ギクッ、、、
『まあまあ、そんな興奮しないで、、、 いいじゃないかよ、同じ匂いを体験した
仲間っつうことで、、、な、、  それよかほれ、飲め飲め!!  
     あっ、すいませ〜〜ん!!   お兄さん、ライムもう一杯!』


無茶苦茶な理屈でその場をなんとか収めるも内心、『くっ、こいつ、さては
知ってたのか、、、、  ってことは、あの時、あの般若のようなしかめっ面で、
すべてを見抜いていたとは、、、、、』

結局は言えずじまいでしたが、A川のことだからきっとこのブログを
見ているでしょう、、
                  ゴメンな、、



そんな恥ずかしくって、どっかに頭突っ込みたいような話ですが、
ここでこう書けて、なんだか胸の棘が取れたよう、そんな気がします、、
IMG_1800.JPG




ニヤケながらフラフラ進めば六高台の桜並木道、天気がいいと、お祭り時は
距離1,5キロの道路にに20万人もの人でごった返す名所です、、

最上級の花見場所である左のマンションは旧郵政公社の社宅、、
こんな立派な箱物をあてがってもらえた郵便局時代の職員さんは羨ましい、、、
IMG_1801.JPG








           あ、今日(3月30日)お祭りだ、、
IMG_1802.JPG



そこから歩いて、5分で私の実家、、 10年前まで床屋だったんです、、
親父が癌に伏したと同時に廃業しました、、

私がこの道に進んだ時、親父はこの店を跡を継いでくれるかもしれないという
微かな期待があったはずです、、、
しかし意に反し、この家に背を向け龍ケ崎に行ってしまった親不孝息子を
どんな思いで見送ったんだろう、、


          あと11年で私がその歳となります、、
IMG_1803.JPG




最終目的地の東武野田線六実駅、、

くっだらない個人的な話ばっかりを交えての散歩でしたが、暇でしたら地図を
見て下さい、松戸から六実まで、どんだけホッホと歩いたかが解るはずです、、
IMG_1804.JPG


この後、電車に乗り柏で下車、ゆっくり銭湯に浸かり大汗流して、
ゴシゴシ洗い、サッパリしたとこで居酒屋で一人酒、、


揚げたての厚揚げを夢中で食べてた最中、ありゃ、写真撮るの忘れた、、、、
食べかけでちょっと汚い一枚ですがご勘弁を、、、
IMG_1805.JPG



そうしてなんとか ”ちい散歩もどき” を終了したんですが、冒頭では
庶民の雑感だの、主体者側の目線だの書いてましたが、
よくよく終わってみれば全く主旨とかけ離れた単なる思いで巡りじゃないの、、、
恥ずかしい話や下品な話題、余計なことまで書いて、これますますの
底辺っぷりをさらけ出してしまいましたが、元々こんな過去を背負ってた
小者なんです、、
意味合いズレや読み苦しい箇所に関しましては大目に見てやって下さい、、、



そうとはいっても今回はずいぶんと郷愁を感じる散歩でした。

20年ぶりの故郷とは、あれこれ色んな場面が呼び覚まされるもんです、、
まあ楽しかった思い出巡りでした、、  
けれどもうこんな思い出を振り返るための散歩は二度とするつもりは
ありません、、
なぜならば、そもそも思い出とは霞むような印象で十分であり、鮮明な
リアル感なんて必要ないと感じたんです、、 
それはひょっとしたら私の場合、辛かった場面の方が多かったとの
個人的な理由からかもしれませんが、、 
これからはもう、心中深くしまい込んでおきたいんです、、

そして最後に、
秋谷のマスター、、 修行した店のおばあちゃん、、死んだ親父、、


今こうして振り返るに、先の見えなかった混沌とした若い頃には
気づかなかった事なんですが、当時なんの気なしに聞き流していた彼らの言葉を
今思い返してみると、私に対して発してくれた一言一言はどんな名高い指南書よりも、その時より始まるであろう長い長い道のりへの明確な
人生の羅針盤として、確かな道しるべとなり、今の私へと導いてくれたような、、
そんな気がします、、



       松戸は私を育ててくれた有難い街です、、、



| 店長の休日 | 21:02 | comments(0) | -

龍ケ崎成人式 着付け アップ メイク 




本日は久しぶりにメニューの更新です。
2014年度成人式の予約を開始いたしました。


成人式フルコース等メニューはこちらをご覧下さい。

○カウンセリング
○お顔剃り(成人式の3日位前までに)
○アップ
○メイク
○着付け
着物預かり等を含めて 18000円のとってもお得なコースです。

この近辺の成人式は1月13日であの大雪の日の前日でした。
寒かったですが晴れていて本当に良かったです。
一生に一度の成人式着物を着る機会なんてそうそうないですからね。


今年成人を迎えた方々の晴れ姿をほんの少しご紹介いたします。

撮影協力ありがとうございました。

20130213_269758[1].jpg

20130213_269764.jpg


20130213_269772[1].jpg


20歳って本当に輝いている年齢なんですね。
あんまりにもキラキラしていて本当に羨ましくなってしまいました。


富士理容館では成人式以外でも七五三、卒業式などご予約承っています。
早朝、定休日などでもお気軽にご相談下さい。





| メニュー | 20:50 | comments(0) | -

新たに見つけた楽しみ、、





ずいぶんと前、雇われ時代の話なんですが、当時、沖縄久米島の
眩しい海に浮かぶ砂浜 ”はての浜” というところにフラッと
行ったことがあるんです、、

テレビCMでは飽きるほど ”浪漫飛行” が流れ、私自身、顔も体も
グッと引き締まっていた20代の頃です、、、
灼ける日差しの中、浅黒く日焼した肌に真っ白のTシャツ、
デニムのバックを左肩に掛け、真っ黒なサングラスを中指で
ちょこっと上げる仕草で(ちょっぴり見栄張って)長瀬智也にも似た
ナルシストもどきの私は八重山の海風に流れそよぐ長い髪をかき上げ、
湧き立つ期待感と共に軽やかにフェリーへと乗り込んだんです、、、    


ところが、、、ものの15分で湧き立つ期待感が湧き上がる嘔吐感となり、
後、往復6時間、気絶もできぬ無間地獄へと叩き落とされ、
陸へ上がった時には悲しい話、長瀬が加藤茶の酔っ払いコントのような
千鳥足になってしまい、もつれた足取りの案山子のような歩みで
そのままタクシー後部座席へダイブ、、、、
それ以降、   も〜〜〜〜〜〜っ絶対に!!!フェリーには乗らん!!!

               そうと誓って20余年、、  



しかしながら先日、御近所さんの飲み友で大の釣りキチの八木さんと二人
ホルモン噛み噛みほろ酔いになりながらそんな昔話していると、八木さん曰く、
船酔いとは鍛えれば克服出来るものであり、その上、人間とは歳をとる程
体の機能が鈍感になるもんで乗り物酔いも、しにくくなるとのことなんです、、

           ホントかぁ〜っ??    う〜ん、、、? 

でもまあそう言われてみれば大昔、小学校のバス遠足で青い顔で
グデングデンのマグロになっちゃう奴って必ず一人はいたなぁ、、、、 
それに対し、バス酔いしている中高年っていまだ見たことないわなぁ、、、、
もっともそういう自分も考えてみれば4年前、延々と続いた飛行機の揺れや
迫り来る白波を乗り越え乗り越え、かなたの無人島を目指したシーカヤック、
            そういわれてみば酔わなかったな、、、、、
   
だとすると、その八木さんの言葉、まんざらではないかもしれません、、、

         『ふぅ〜〜ん、、、  なるほどねぇ、、、、』

妙に納得しながら、ヒラヒラに薄いブリの刺身を箸に挟みながら
立て肘ついてる私に、

『それよりもさぁ松本さん、メチャメチャ旨いフグって食べたことあります?』

なにをいきなり、、、  船酔い話からこんどは食い物ネタ?
首をニュッとこっちに伸ばし、ひと目で御機嫌と分かる赤ら顔で
尋ねてきました、、

           んんっ?、、  フグ?    フグねぇ、、、

久しく食べてないなぁ、、、、、
これまた雇われ時代の事なんですが、大阪はミナミの繁華街で一度だけ
コースで食べたことはあるんですが、なにせ味も分からぬ若造だったせいで
味を堪能というところまでは至らず、ムチャクチャ熱かった最後の雑炊を
ホフホフ息を吸い込みながらビールで腹に流し込んだ位しか印象にない
モノです、、   もっとも、そりゃ食べてみたい気はしますが、フグ料理なんて
一人頭1万円近くはする高級料理なもんだし、私にとっては贅沢の極みです、
よって、恥ずかしながら返した返事はポツリと小声で、、、

『う、うん、 一夜干しだったら食べたことあるよ、、、、 美味しかったよ、、』
                 そして一呼吸おいて
『でも食べてみたいなぁフグ刺し、、、  箸で5枚位シャーっとすくって
モミジおろしの入ったポン酢に軽く泳がし、口に放り込んで目をつむり、
よ〜く噛んだ後、キ〜ンと冷えた十四代か八海山、緑川、、   
    あ〜ぁ、もうちょっと出世してりゃあなぁ、、、』
         頭に浮かぶ願望に後悔を混ぜた真意を漏らすと、、

『くう〜〜っ!! だったら松本さん、一緒に釣りに行きましょうよ!
今この季節もう最高に旨い時期なんですよ!!こう、朝泳いでたフグを夕方、
刺身、唐揚げ焼きフグ、テッチリ、、 もう、真面目に旨いですよ!!』

           『え?、何何?  フグってそんなに釣れるの?』

             『もう爆釣ですよ、爆釣!!』

         へっ?   ばくちょう??  なんだそれ、、? 
釣り用語なんて竿とエサ位しか知らないんで  ”ばくちょう” なんて
言われても、なんの意味だかさっぱりわからず、、 馬喰町だったらよく
知ってるんですが、、、
                  すると、、

『フグっていってもショウサイフグっていう種類で、トラフグよりは小さいん
ですが味の濃さだったらトラフグより絶対旨いですよ! もう、本当、
真面で旨いから!!』

釣って楽しく食べて美味しいフグ釣りの魅力を滔々と語る八木さん、、、

フンフン聞くほどに、そんなに旨くて大量に釣れて、なおかつその釣果を
家族や友人、行きつけの飲み屋の常連さん達に振舞え、皆でフグ料理を
食べながら賑やかな笑い声で盛り上がっている場面を想像すると、
一丁挑戦してみたい気にもなります、、、
けれど釣ったはいいが、やはり気になるのがフグの毒、、  

         『ところで、毒は大丈夫なの?』

すると、ク〜ッ!、よくぞ訊いてくれました! の表情、、、

さすがに釣り船屋もそこは商売です、お客さんが釣ったフグはすべて
下処理 (もちろん有資格者による作業) してくれ、内臓はもちろんのこと
頭も皮も無い綺麗な剥き身にしてくれるらしく、ウロコのあるヒラメや鯛等
よりも後々の調理は全然楽とのこと、、

それでもって竿も仕掛けもクーラーも八木さんが用意してくれる、、、
釣ったフグはもタコイチ(常連の居酒屋)に持っていけばフルコースで
料理してくれるはずだし、、、   というと、なにそれ、、致せり尽くせりの
もてなしじゃないの、、
そうなると酒の勢いも手伝ってサッサと話はまとまり 

            ”よし!、じゃ行っちゃうか!”  



そんな話の流れで、フグ釣りに行く方向へと向かったんですが、 
一番心配な船酔いの話となり、書き始めの内容へと繋がるわけです、、





けれど八木さんの言葉を信じ、翌日には二人で上州屋をウロウロ、、


長靴と手袋を購入、幸いなことに防寒具や雨具は、自転車用と登山用で
ほぼ間に合い、こんな少額の投資でできる趣味はウォーキング以来です。






そして、、、鼻毛も凍るかのような寒い夜、店の前で恒例の一枚、、
靴下2枚履き、ヒートテックのももひき2枚重ねた上に厚手のナイロンウエア、、
上は長袖ヒートテックにフリース、その上に自転車トレーニング用の
保温シャツにジャージを被せ、そのまた上に防寒ウエア、、、

           それでも寒い真夜中でした、、、



IMG_1741.JPG



行き先は鹿島、、、  釣り人なら誰もが知ってる有名所、

龍ヶ崎からだと車で約1時間、車の中では釣りの話以外、いろいろ会話も
弾みます。

八木さんとこは子供がこの日修学旅行らしく、沖縄に4泊もするとのこと、、
この歳になると高校の修学旅行でどこへ行ったかで大体の年齢が
わかります、、
我が母校、松戸底辺高校は京都、奈良だったっけな、、(40代後半以上)
たしか京都で、”狼少年の食事かよ、”っていうくらいモノ勢いで
ぜんざい食べて餅を喉に詰まらせ、死にかけた同級生いたな、、(底辺限定)

        『ぶぅわっはっはっはっ〜〜〜〜〜あああ!!!』

そんなくっだらない昔話などで盛り上がりながらアッという間の一時間、、

途中、酔い止め薬も飲み、着いてみるとスゴイ活気のある船着場、、
IMG_1744.JPG


広い駐車場には車が列をなして並んでいます、、
高崎、熊谷、宇都宮、、 他県ナンバーばかり、、 あ、、みんな海無し県だ、

受付で住所と名前を書き、乗船料は一万円、それとエサ(アオヤギ)1000円

そういえば家人や”タコイチ”の常連さん達、飲み友の若い者らに、
フグご馳走するから期待して待ってて、、  
なんて大口叩いたんで、20匹は釣らないと、、
IMG_1745.JPG


乗り合い船はまずは場所取りが重要とのこと、よって荷物を担ぎ滑らぬよう
慎重に目指す船後部に向かうも、やはり一番人気の場所です、そこにはドンと
クーラーボックスが2つ鎮座しており、私達よりも気合の入った年配カップルが
仕掛けの点検でしょうか、互いに背を丸め、指に息を吐きかけ黙々と
準備作業、、 それが目に入ったもんだから、そ〜っと控えめに離れた所に
そっとクーラーを置き、その辺ウロウロ歩き回り探検に出発、

  あたりまえですが、ハマちゃんやスーさんのような方はいませんでした、、

IMG_1746.JPG



右隣はヒラメ船、左はフグとヒラメのリレー船、そのほかルアー船などもあり
総勢15艘はあった気がします、、

この日利用したのは幸栄丸、沢山釣れるとの評判とのこと、、  
なんとか20匹は釣らないと、、



IMG_1748.JPG




隣のおじさん肩に掛けているのは救命胴衣、私らはしていなかったですが
やはり万が一の危機管理はしておくべきかもしれません、、

というか、ほとんどの人がしてました、、、、、
IMG_1749.JPG







5時半に出船、 やはり多少の揺れはありましたが、歳とって鈍感に
なったんでしょうか、おもいのほか気にならず、30分で釣り場へ到着、

IMG_1750.JPG





フグの仕掛け、

このモリモリに盛ったアオヤギをツンツン突っついているとこを下に
ぶら下がっている2つの孫バリで引っ掛け、釣り上げるという作戦です、、
IMG_1751.JPG



水平線から昇る朝陽、、

固まるほどの寒さの中、船長がスピーカーから、

『はーい、 糸下ろして〜〜っ、、 タナは30メートルだよ〜っ!』

リールの糸とは便利なもんで10メートルごとに色が変わるので
超初心者の私でもピッタリ30メートルに合わせられます、、

ちょうど30メートルあたりで勢いよく回るリールからの糸が 
 ”トンッ”、との感触をもって止まりました、、  
これは海底にオモリが着いた合図です。
そこから50センチほど巻き戻してアタリを待ちます、、

すると早速、、、   んんっ?   なんだかブルブルしてるぞ、、、??

まさか、、 ?    と思った刹那、後方から

      『おい、そこ! ほら、かかってるよ!!』

     こっちへ向かって船頭さんの大きな声、、

       『へっ?、 なんだよ、俺の事、、、、、??』

         キョトンとする間も無く

       『そうだよ!!  ほれ、巻いて巻いて!!』

ムホォ〜〜〜〜〜ッ!!!!    そりゃあ、一大事だ!!!

       掛け声一閃、必死こいて巻く巻く!!!!



IMG_1752.JPG



糸を凝視し、荒い鼻息を噴射しながら一心にリールを巻くと、なにやら
海面に白いモノが、、        フグの腹でした、、 

釣り上げると可哀そうにも針が腹に引っかっかってキューキューと
鳴いてました、いや、泣いていたのかもしれません、、、

すぐさま”泳げ、たい焼き君” の歌詞の最後の部分が思い浮かんだん
ですが、よくよく考えてみればアンコならぬ猛毒を持つフグです、 
過去にこの毒に倒れ、フグは危険な魚だとの存在を命をもって証明
してくれたチャレンジャーな先人達の歴史を顧みると、ここは捕食側に
なりきり、大いに喰らいまくる事が彼らの無念を晴らすものだと強制的に
胸に念じ、意志を固め針を外しました、、


そしてまた糸を下ろすも5〜6分で2匹目がブルブルッと、掛かり、
なんだかとっても面白くなり、こうなりゃ今夜はタコイチで
フグパーティー開催してやる!       の意気込み、、、、

さっきまでは痛かろうだの可哀そうだの言ってたのに、もはやこの
変わりよう、、     私って、結構非情な奴なのかな、、、、?               




ちなみに、ひっくり返って腹丸出しなのがその第一号、
IMG_1753.JPG






その後順調に釣り上げるも、1時間ほどするとフグの怨念かな、、
なんだか二日酔いの朝のような気分になってきました、、、      
  
     んん、、、、  ヤバい、、、  かな???



釣り船とは魚のいる場所を魚探で求め、あちこち移動します、、、
気分が気分なのでその移動中に首をダラリと落とし回復を祈り、
しばしの睡眠、、
IMG_1755.JPG



すると右耳に聞き慣れた ”プシュッ! パッコン!” との音、、、、、?  
ま、まさか、、

横目を向けると、ああ、やっぱり、、オイオイおっさんヤメテよ、こんなとこで、、

そこには天を仰ぎながらストロング酎ハイ500を豪快に喉に流し込む
隣客の姿が、、、  それも喉仏が上下してるシーンのオマケ付き、、、、、、


               『うう、、っぷ、、』

耐え切れず左を向くと、八木さんの隣のおじさん、なんだか剥いたモノを
頬張ってる光景が目に入り、よくよく見れば、
なんだよオイ、、それ、ゆで卵じゃないのよ!
おいこら、、 嫌がらせか、塩なんか付けて食ってる場合じゃないだろうが、、  
  こっちは、、、、  こっちは、、、  ああぁ、、

           『う、ううううぇ、、、、、、、 ボエッ、、』

        『松本さん、あの一本が旨いんですよねぇ!』

明るく弾んだ八木さんの声が海風に乗って耳に飛びこんできます、 

                 ところが、、

           『う、ううう、、、、   へぼっ!!』

        『ん、、、、??    松本さん、、どうしました??』

            『 へぼっ、、、、、!    へぇぼっ! !!』

          『だっ! 、   大丈夫ですかあっ!!』


『へっ!、 へっ!、、  へぇぼぉ〜〜〜〜〜おおおおおお!!!』


揺れる船上で酎ハイとゆで卵に挟まれ、そりゃあ気分も悪くなりますよ、、

全身の力が抜けガックリと頭を落としたその時、横で隣のオッサン、今まさに
2本目の缶酎ハイを開けようとしているとこでした、、 そしてまたプシュッと
音が響き、その音は下船時まで都合4回耳に入り、計算するとオッサン、
2リットル飲んだことなります、、      



   


IMG_1754.JPG



しかし、この船酔いの原因はどうやら寝不足らしく、移動中20分位ですが
ストンと眠りに堕ちたら目覚めた時は結構スッキリしていました。

それはヘボヘボ言うほど苦しかった嘔吐感がちょっとの睡眠でウソのように
消えてなくなってたんです、、

        やはり八木さんの言葉は本当のようでした、、




それからがスゴかった、こんなにも釣れるもんかと思えるほど(17匹)
あげたところで変な感触、、    重い、重いんです、、 
なんだよ、こりゃあ地球釣っちゃったかと溜め息つくもリールはかすかに
巻ける、、?      んん、、、?

なんだ、なんだと巻き続けると海面にでっかい赤茶色の物体!

           おお、、ヒラメかぁ!!



             いや、タコだ!!





嬉しいと美味そうの入り混じった心境、、
ところがこれが、必死に床にへばり付くもんだからもう大変!!

なんとか剥がし、記念に一枚、、
IMG_1760.JPG
                      ↓↓ 
IMG_1759.JPG







陽の上がり具合に比例し気温も11時にもなると、うららかな小春日和、、

こんな日は、のんびり洋上で船に乗っているだけでも価値ありです、、
IMG_1763.JPG




この日私が釣り上げたフグは17匹で一番少なかったからでしょう、
船頭さんが釣ったモノのうち20匹を私のカゴに入れてくれました、、
八木さんが50匹だからこの日も釣果は二人で80匹オーバー!!

    あとタコとカワハギが上がったことも書き添えましょう。
IMG_1764.JPG




港に着くと各々のクーラーボックスに氷をなみなみと入れてくれます、、
IMG_1765.JPG



そしてこのように釣ってきたフグは解体下処理され毒を完全に取って
もらいます、  あたりまえですが、資格証は張ってありました、、

ヒラメやカンパチ等は生き締めにしてくれるので鮮度を落とさず
お持ち帰りに、、    ここ、すごく活気のある場所でした、、

IMG_1767.JPG


その間、カレーライスで空腹を満たします、、

昼飯は出るは下処理はしてくれるは、釣った数が少なきゃプレゼントは
あるは、、、  嬉しいほどの気遣い、、    一万円は安いかも、、
IMG_1768.JPG















昼の一時に鹿島を出、車の中で家内やタコイチの常連さん、飲み友の
若いモン、  今日の釣果を鼻息荒く電話しまくり6時に集合という連絡、、
帰り道すがらタコイチにフグを届け、二時にはもう家に着き、
2時間ばかり睡眠、、



          そうして楽しみな6時となりました、、



有難いことにタコイチの若旦那、釣魚をばっちり仕込みしててくれていて
準備は万端!

まずはフグ刺しからです、、

           『はいよ松本さん! まずはフグ刺し!!』



ああ、、 念願の ”箸でシャーッと5枚食い” ができる、、

早速、もみじおろしと薬味ネギをポン酢の器に落とし、そこに箸で挟んだ
フグの束を、しゃぶしゃぶのように左右に揺らし付け、一度大きく深呼吸し
心を落ち着かせ生唾飲み、箸先をジ〜ッと見つめ、、      
   ”パックン!” 、、、、、、  モグッ、、  ん〜っ咀嚼

     う、う、ううっ、  ううんまい!!  美味い!!

そしてビールを喉鳴らながら流し込むと、もう頭を掻きむしりたいくらい
美味い!!    八木さんも美味そうに食べています、、

ちなみにこれで一人分 おかわり自由!!(もちろん手間賃はかかります)
IMG_1769.JPG



               『焼けたよ!』

次にフグ焼き、、   すだちを垂らせばなんと上品な味だこと、、

そしてフグの唐揚げ(夢中になって食べてしまい写真無し、、、)

このころになるとガラガラと入口に音が響き、お仲間次々に来店、  
さっそく出されたフグ刺し食べ、皆、美味い美味いの声、、

IMG_1770.JPG



カウンターからは
  『松本さん、御馳走さん!!』 や、 『おう松本! 美味いぞ!!』 

『松っちゃん、どうもね!!』 、、、    いや〜ぁ、嬉しい嬉しい!!

いえいえどうぞどうぞ!!  などと返事をしていると今度は生タコ、、
吸盤も身もコリッと、ワイルドな食感、、  ワサビ醤油でさっぱりと、、

IMG_1771.JPG






すると次には八木さんが釣ったカワハギ、、
肝のタップリ入った肝醤油で、、     これまたプリプリ!!
IMG_1775.JPG



もう、ずいぶんと酔っぱらってきたとこでボイルタコ、、
燗酒すすりながら、気分は吉田類、、
IMG_1772.JPG





二つの座卓をくっつけて私を含め7人でメインのテッチリ(フグ鍋)、、

なんてったってタコイチに釣りたてフグ60匹持ってきたから
もうこもボリューム!
身の付いたフグの中骨で、がっちりとダシをとり、身の方もごらんのとおり
もりもりの山盛り、 これぞまさしく贅の極みでしょう。
IMG_1773.JPG


昆布の入っている二つの鍋へ一気に入れて蓋をし、出来上がったら、
またこれポン酢でハフハフ!!  もちろん温かい日本酒が脇を固めます、、
そしてお約束のフグ味の染み込んだ熱々卵とじ雑炊、、  これは別腹、、



こんなにも皆が喜んでくれるなんて、釣りって素晴らしい趣味かも、、、
              
なんだか行って良かった、、  こうなりゃ船酔い覚悟で、また行くか!、、
IMG_1774.JPG



奇しくもこの日は私の49回目の誕生日、、
一回り以上も歳の離れた若い飲み仲間達が丸いケーキを探してくれたんですが
残念ながら見つからず、ショートケーキを10個買ってきて丸く形作ってくれました。
調子に乗って5個も食べ、気が付いたらスカスカ、、、、


                  どうもありがとう、、、、 
IMG_1776.JPG



IMG_17771a.jpg









こんな事がありまして、また新たに趣味になるかもしれぬモノを見つけました。



今、この日のことを思い返し、よくよく考えうると世の中に楽しい事って
沢山あるなと感じます、、
これは他人の夢中になってるモノを客観的に観察するのではなく、
たとえ浅くでもチャンスがあればそれに踏み込んでみると、その価値が解かり
ハマってしまうものってあちこちに沢山転がってるということです、、

ただそれがなかなか見つからない人は、今回の私の船酔いのよう過去の
トラウマみたいなものがせっかくの楽しき事へのドアを開けられなくしている
原因になっているんじゃないでしょうか、
もっとも私もそのくちでしたが今回なんとか幸にも船酔いという呪縛を
解き切ったおかげで釣りというものの楽しさや価値が分かり、次は軽やかに
行けると思うんです、、  というより、行きたくてウズウズしています。

ここで、どうですか皆さん、釣りでも、、   
  
船に乗る前、薬をしっかり飲み、なおかつ ”絶対に俺は酔わん!!” との
巌のような確信を持てばなんとかなりますよ、、 (経験済み)
私の好きな非科学的な精神論、根性論もおまじない程度の御利益は
あるかもしれません、、、


        最後、、   三半規管の老化に感謝します、、、




| 店長の休日 | 20:45 | comments(0) | -

飲み放題90分一本勝負

 
前回の続きですが、、

あれから、後味悪い竜頭の滝での余韻を引きずり中禅寺湖脇を自転車
漕ぎながらながら先ほどの出来事を考えてみたんです、、、

   ”年配者の逆上への導火線は何故短いのか?” って、、、    

こんなのどうでもいい疑問なんですが、なにせ久々エキサイティングな
シーンに出くわし非日常を味わいさせもらったんで、
このままスルーするのもなんだんかもったいなく、
その上ブログネタにもちょうどいいんで、その起こりうる理由を自分なりに
考え、解き明かしてみました、 


だいたい思い浮かぶ要因はこの3つ、


1、世間には年配者の激高を許容できる素地がある、
2、年配者は大声での威嚇恫喝が無理を通す武器になると
考えている者が多い、
3、喧嘩や騒ぎを起こしても職を失うような社会的制裁を受けない歳になった

こんなもんですが、やはり”2”の理由が大きんではないでしょうか、、
それはきっと爆発年配者とは、現役時代に会議等で自らの見解を曲げず
自説をゴリゴリ他人に押し付けたり、些細な事でも机を叩きながら部下を
大声で叱責してきたような、良く言えば ”熱い”  悪く言えば ”辟易する”
そんな面倒くさい人達だとおもうんです、、

そもそもそうなった理由も、右肩上がりの経済成長の中、たいした企画じゃ
なくとも、持続的発展という世のトレンドのおかげで組織内でもそこそこの
利益を出すことができ、破滅的な失敗も無かったというような過去も大きな
要因だったと想像します、  そしてそこから生まれた妙な自信が、
あの年代層に漂う爆発気質を形成していった主因じゃないでしょうか、、、

もちろんその年代が皆そうだといいませんが、全年齢層と比較すると
その比率は飛び抜けて高いはずです、、 これ結構確信あります、、、 
そして、その方達が定年を機にその意識を持ったままで世に放たれ
他者と接するもんだから、同種との接触による今回のような衝突は
此れ必然の出来事なんでしょう、、

まあいずれにしよ、そういう方達は常人なら誰しも常備している怒りの
ストップボタン、、 それが”良識”や”協調性” の欠如により働かない為、
つまり理性を発動させることが出来ない為、スイッチの入った興奮状態では
自分で思いとどまらす事ができず、結果、一気に激高へと猛進してしまう、、
             こう分析します。

だとすると、あのような暴走老人は、過去の私の経験データを
紐解いてみると、かつて競輪場に生息してた ”オラオラオヤジ” と
同じ匂いのする ”取り扱い注意物” と同類だと結論付け、
なるべくだったら半径3メートル以内は危険ゾーンと判断し
進入禁止としましょ、

           そう今回学習させてもらいました、、






そんなこと考えながら色づく紅葉に目もくれず、黙々走っていたら
腹に異変を感じ、時計に目をやると11時ちょうど、、
よし、たまにはサイクリストの昼飯の聖地、”浅井精肉店” にでも行き、
トンカツ2枚のってる名物定食で空腹を鱈腹にでもしましょか、、

そういうわけでちょっとスピードアップ、、
さすが11時だったら”お待ち”は無いでしょう、 
そして今回こそはあの雰囲気に負けずキッチリ料理写真を撮って
紹介しようとも、、、思いながらホッホとペダルを回し急ぎました、、


  ところが着くと、、      店外に8人も待っていました、、、、




   ここ、サイクリストと共にバイク乗りの聖地でもあったようです、、、、
IMG_1723.JPG


並ぼうか?   並ぶまいか、、?

たしかカウンターのみ6席だったから、8人待ちだと最速でも30分かぁ、、
あの量であの値段は待つ価値ありなんですが、、
味だけなら値段はちょっと高いけど、藤代の激ウマ ”山忠” や
龍ケ崎が誇る名店 ”つたのや” に断然軍配が上がりますが、やはり
中禅寺湖へ来たなら5回に1回はここで食べたいもんです、、
ここでスルーするというのは日本橋に来て、たいめいけんのオムライスを
食べないようなもんだし、、、

けど、この写真右に、ちょこんと一人立って待つのもなあ、、、、


多少考え込みましたが、、やっぱり輪行での貴重な時間は無駄には
できません、、


道路反対側へ渡ると小学校の修学旅行でしょうか、水筒をぶらさげた
大勢の子供達が遊覧船乗り場前でワイワイ楽しそうにはしゃいでる姿が
いやにこの風景に溶け込んでいたので一枚撮りました、、

そしてトンカツを食べられず、公園のベンチにションボリ佇む腹を空かした
私のみずぼらしい姿も同様、この晩秋の景色に混ざり合って彼らの眼に
なんの違和感なく映ってたに違いありません、、、、
IMG_1724.JPG



じゃあ昼御飯は例の清滝のレバニラにということにして華厳の滝方面に
自転車を走らすと、あれっ、こんなとこに博物館が、、、
知識や教養には縁の無い私ですが、おかしなことに博物館や美術館を
一人フラフラ見て廻るのって好きなんです。

ということでさっそく入口まで近づき、奥を覗き込んで小学生の団体が
いないことを確認すると自転車を降り鍵をかけ、そそくさと中へ、

入ってみると、なにやらここは奥日光に棲息する動物や群生する植物の
紹介や観光情報の発信等をしている施設(博物館)のようです、、   

入館料は500円、塵一つ落ちてない綺麗な床に、あることすら疑う
磨き上げられた透明な窓、整然と並ぶ模型や写真、、
品のいい受付スタッフ、、



          ところが、来館者は、なんと私だけ、、、、

IMG_1728.JPG





入館料を払い説明を受け、階段上がるとちょうど映像室で奥日光の四季や
歴史を紹介がされるというので静かに扉を開け入ってみると、
ちょっとしたシアターホールが、、

これ、スゴイ!  20mはあろうかというような巨大スクリーン!

        けれども驚くは、視聴者は私一人、、
IMG_1725.JPG



自分一人の為に上映してくれてるんだと思えば悪い気もしませんが
なんだか異空間に紛れ込んだ感覚です、、

内容は 春⇒雪解け、夏⇒花、鳥、秋⇒風、冬⇒極寒、  
         
           予想どおり、、、あたりさわりのない内容、、、、、、
IMG_1726.JPG



二階へあがると、鳥や動物の展示品、、 その他多数、、

写真の熊、、、、 私、剥製の熊には無敵も強さを誇ります、、
軽くチョップしただけで、なんだか自分がエラく強くなった気分、、

15分ほどフラフラ観て廻ったんですけど、、   やっぱり私一人、
IMG_1727.JPG





立ち寄った感想は、、、、


            この箱物、壮大な大赤字だろうな、、、  

                          
                            この一言に尽きます、、、







大阪の橋下さんだったら即刻廃館かな、、  
そんな事考えながら、いろは坂下って清滝の ”香楽” でお決まりの
”レバニラ定食” ちょうど昼食時だったんで、もう大混雑、、
目の前が古河電工の工場なので作業服姿のお客さんが大体で
ロードレーサー乗りつけての来店者の私は、とってもアウェー気分、、

けれど熱々のレバニラ一口噛めば、あまりの旨さに口の中が
踊り出すんじゃないかってほどの喜びよう、、

やっぱサイクリストの日光での昼食はここが激お勧めです。

けれどこの日は夕方六時に備えて腹6分目、決戦まであと5時間、、
IMG_1729.JPG



田母沢御用邸を過ぎ、神橋曲がり大谷川公園沿いに走れば下今市は
すぐそこ、、   ここからだと鬼怒川温泉までは一直線。

たまにはスマホのGPSも役に立ちます、

IMG_1730.JPG


途中、日光江戸村や猿軍団、東武ワールドスクゥエアの看板があちこちに、、
そういえば ”ウエスタン村” なんてあったはずなんだけど看板無いなぁ、、
どうしたんだろ、?
このあたりはそういった施設が数多くあり、若かりし頃、一郎君や
愉快な仲間達と大騒ぎしながらハシゴしたもんです、、

そういえば初めて日光江戸村に来た時のことなんですが、、
花魁が連れの者達と練り歩くパレードのような見世物があり、私がそれに
目を輝かせ、ウットリしてた、、、  らしいんです、、 

それを横目でみていた仲間が爽やかな顔をしながら
『こういう浮世絵の再現みたいなもんはなあ、大道芸みたいなもんで、
こんな時にゃ、おひねり投げ振る舞うっつうのが粋な男の礼儀なんだぜ、』

そんな大嘘吹かれたんです、、、 
何故か当時弱いことに、この ”粋” という華のある一文字に妙な美意識を
見出してた時期だったので、騙されやすく純だった私はすぐさまその一言に
即、反応してしまい、おヒネリ奮発、、
艶やかさに心震え、感動にも似た興奮の中、花魁に向け千円札に小銭
包んで振りかぶって投げ放ったんです、、 
予想どおり緩い弧を描いたおヒネリは見事花魁のカツラに直撃、

するとそれを見ていた侍が刀の柄を手で抑え、
大股歩きでズイズイこちらへ歩み寄ってきたんです、、  
       『うぅわあああぁぁ〜〜〜〜っつ!!!』
今にしてみれば、もちろんこれもリアリティを込めた侍の
パフォーマンスだったんでしょうがこの時は無茶苦茶怖かった、、、
本能的に砂ボコリ舞い上げ猛ダッシュで小伝馬町牢屋敷に逃げ込み、
そこの片隅から背中を丸め外をチラチラ見ながらしばし隠れていたんです、
これが江戸時代だったら本当に 『無礼者!』 と一喝され
斬り捨てられてた場面でしょう、、、

そんな痛恨のバカヒストリーを20代の若き頃、江戸村で刻んでいるんです、

そんな私を騙した愉快な仲間は、悔しいことに今は貫禄十分の大社長となり
次元の違う世界へ行ってしまいましたが、きっと今でもあちこちで、
くっだらないホラを吹きまくる、大ボラ人生爆進中なんだろうな、、、

そんなこと思い出し想像すると自然と笑いが漏れ、一人愉快になりながら
鬼怒川へとペダルを進めました、
IMG_1731.JPG



長いトンネルを抜け視界が開けると鬼怒川温泉の町並みが広がって
いました、  こんなトンネルあったっけかなぁ?   ちょっと驚き、、

それよりもっと驚いたは、鬼怒川温泉駅から続くメインストリートの
寂れっぷりです、、

かつては隆盛を誇ってたであろう幾つかのホテルは雑草茂る廃墟となり、
それに寄り添っている元寿司屋やスナックらしき空店舗も窓ガラス割れた
廃屋と化し、それこそこの瞬間にでも乾いた風がピュ〜っと吹き、空き缶が
 ”カラン、、” とでも転がる音がしようもんなら、すぐさま西部劇の
ワンシーンが思い浮かぶ、、  そんな閑散としたものでした、、、

若かりし頃、一度は泊まってみたかった入口に豪華な滝の流れる 
”ホテルニュー岡部”は ”三日月” と名を変え、過去2度利用した
ロイヤルホテルは伊藤園となり、
(お一人様一部屋でも一泊二食、飲み放題付、365日同一料金 7800円)
こんな看板のホテルがあちこちに、
入口に車が溢れ、人の気配があるのはこういうホテルだけ、、
名前は出しませんが、これすべて同系列のホテルでしょう、、 

もちろんこの金額は企業努力のたまものでしょうが、ここまでくると
この安ホテル、ビジネスであがる微々たる純利益を考えれば、
経営サイドは営利目的という基本方針よりも、これ、地元雇用の受け皿
ともいえる民間資本による救済事業じゃないかと思えてしまいます、、
だって今現在、億以上の玉があれば確実に5%で回せる投資なんか
いくらだってありますもん、、、  なんで、こんなことしてんだろ?

この時代、社員旅行も団体旅行も接待も、より一層減少するのは
火を見るより明らかであり、そんな先細り産業に投資するなんて、
ひょっとして投資額の5%の利益以下だったら栃木県の雇用対策費か
なんかで損失補填でもしてくれるのかな?
それとも驚く程安い買収額と、絞り尽くした経費で結構な利益あるのかな?
その値段にはそんな空想を呼び起こす謎があります、、

いずれにしろここ鬼怒川は地場産業の衰退が招いた最終局面
という感じです。





IMG_1732.JPG



相変わらず人の懐を詮索するセコイ癖は直っていません、、、、
まあ、気分を変えて、、、、

この日の宿はここ、鬼怒川観光ホテル、、

自転車を屋根のある場所へ止めに行く途中、停っている観光バスの
フロントガラスを見ると ”〇〇市理容組合御一行様” を発見、、、

        ”ふ〜ん、組合ってまだこんな事やってんだ、、、、”

旅行とゴルフとボウリング、、 それに地区総会という名の飲み会、、、
         昔から床屋が集まるとこればかり、、 

IMG_1733.JPG



ここは一泊二食、一人一部屋で12000円、、 それに1500円足して
飲み放題、

フロントで鍵をもらい部屋へ入ると、これまた綺麗な和洋室、、、
ベットが2つありますが誓って私一人旅です、、

この日食事は6時からなので5時あたりから風呂及びサウナに入り、
力石徹のように干からびる程タップリ汗を流し、事前準備と気合いは十分!

今回、温泉や食事なんかには全然期待していません、 
ただただキレイに飲みまくって、かつての汚点を跳ね返し、あの日の雪辱を
晴らす、、   この目的を遂行する為にここまで来たんですから、
ここから盛り上がる場面です。



         さ、て、と、、   じゃ、行きますか!!
IMG_1734.JPG



食堂へ入り席を確保し、速攻で係員の方に生注文、、、
与えられた時間は90分、、 瓶ビール以外何でもOK、 嬉しいことに生は
プレミアムモルツ、、、     ガチで10杯はいけるな、、、、、、

   クッ、クックッ、、  1500円でなんてこれ慈善事業かよぉ、、、、!!

鬼怒川まで来て良かった、、、、   
まだ飲んでもいないのに、もはや勝利を確信し、笑みが漏れ出す始末、、

      『おっといけね!   バイキングだったんだ、、、』

気分が高揚している時の独り言とは声も弾みがちです、、
刺身、揚げ物、カニ、寿司、おでん、、  すごい料理のバリエーション!

けれど目的はあくまで飲み倒すことであり、調子込んで食べ、腹膨らまして
しまうと胃の中を食物がせき止めてしまう恐れがあるので、練り物、粉物、
ご飯ものは極力避けて野菜や刺身をチビチビの、暴飲少食作戦をとりました、

けれどやはり視覚の誘惑に、ほんの少し負け、ちょびっとだけおでんを、、、

        『お待ちどうさまです、 生ビールです、、』
  
           頼んだビールが運ばれてきました、、

               では、いただきます、、、


          『ゴキュ、ゴキュ、ゴキュ、、  フ〜〜ッ、、』   トンッ、、

喉の神経を、ものの3回使っただけで、冷えたビールを4秒で消し去りました、

        ”旨い! 旨い!! 気が狂うほど旨い!!!”

時計に目をやるとまだ5分しか過ぎていません、、

   『オイオイ、このペースで飲んだら18杯?、、、だな、、』

     手の甲で唇を拭きながら頭の中で90÷5の計算、、






  ところが、、、、   そうは思い通りにはいかないもんです、、、、、、





寂れた鬼怒川温泉とはいえ紅葉の時期だったからでしょうか、この日は
大勢の宿泊客がこのホテル利用し、そしてその方達が皆この時間に
夕食をとるもんだから、夕食会場全体がごった返していたんです、、
たしかに6時なんて一番集中しそうな時間帯です、、
と、なると、バイキングとはいえアルコール等を給仕してくれる係員が
担当しなくてはいけない人数も、これ多くなるわけで、
手が回らなくなるのは仕方の無いもんです、、

だからでしょう、2杯目を頼もう手を上げて呼んでも、忙しく走り回っている
彼らの口から出る言葉は皆一様、『あっ、少々お待ちください!』
(恥ずかしい話、はじめはこれ、飲み放題対策なのかと勘ぐってしまいました)

とはいえ私も商売柄、彼らのこの時点での心理状態はよく分かっているので、
いい客をきめ込んでしばし大人しく待つことに、、、  

しかし、手持ちぶたさで山かけやおでんを食べて腹膨らんじゃ困るし、、
ビールはおろか係員すら来ない、、、、     だんだんイライラ、、、、、
というより、ちょっと後悔、、こんなことならもっと暇な時間にするんだった、、

そしてやっと2杯目が届いたのは10分後、、 
ところが、何も口にせず、ジ〜っ、としてたこの10分で、なんだかせっかく
高揚してた気分が、一気にしぼんでてしまい、飲みに対する欲求も削がれ、
なんだか急にヤル気が失せてしまったんです、、    
早い話、意気消沈ってやつです、、

これ、別にホテルが悪い訳ではないんです、事前に時期や時間を予測し、
こっち優位に事が運ぶよう段取りしておかなかった私の初歩的なミスとも
言えるでしょう、、、、
IMG_1735.JPG



そんなもんだから、2杯目を飲み干し乾きも収まったとこでいつ来るかも
分からぬ3杯目を待つ途中に ”もいいいや、、” の気分になってしまい、 
早くもこの旅行の核心ともいえる飲み放題90分一本勝負は自らの
試合放棄、という形で、あっけなく終わってしまいました、、

やはりこんなもんなんですかね?
まあ、よくよく考えてみると営利を目的とする商業活動において、
提供側が赤字を喰らう可能性のある企画ってのは、絶対といって
ありえないんです。
よく、『いや〜、ホント儲かってないんですよ、、、』
なんてボヤいてる商店主や事業主が、たまいますが、その言葉に対して
私、胸の中で、『フン! ホラ吹きが!』 っていつも思っています、、、
一事業主からして言わせてもらうと、そんなこと絶対にある訳ないんです。
そもそも、 ”いかにして利益の出すか、採算向上させるか、”  この
久遠からの命題を果たす為に世の大人達は皆頭ひねって知恵絞って
働きまくってるんですから、

要は、儲かるからやるんであって、儲からなければやらないんです。
さっきの7800円ホテルも、もちろんそうです、、


だとすると1000円で生ビールを吐くまで飲ませてくれた一丁が潰れたのも
納得のいく話です、、、、、



そんなわけで、この後ビール2杯、燗酒3本飲み、ここを後にしました、、
IMG_1736.JPG






ここでホテルでの飲み放題で感じたことなんですが、ディナーショーのように
飲む行為自体が目的ではない飲み放題ならいざしらず、今回のように
金額や時間、給仕スタイルが決まっている飲み放題は、やはりこちら側の
不利が多く、気合い入れて臨んでも上記のように提供者側が勝つ仕組みに
なっているようです、、
それはどんなに頑張ろうがバクチ打ちが胴元に絶対勝てない理屈に
よく似ています、、 
その一例がトイレ、、
一般的トイレは食事会場内には無く会場外にあるもんです、
ところが一旦外に出てしまうと再入場はできない場合がほとんどです、、
巨大な膀胱を持つ人なら別として、利尿作用の高いビールでは常人は
90分はもたないと思います、、
その他、お代わりのタイミングにしてもそうです、
たとえバイキング形式といえビールサーバーはセルフではないので
係員さんの気持ち次第では無駄時間が多くなります、、

そんな事細かな事も前提に置いてみると、やはりホテル側主体の飲み放題、
こっちが越えられないハードルは数々あり、やはりどんな酒豪でも向こうの
フィールド内で続けざまに飲み続けらるという環境を与えてもらえない限り
完全勝利は至難、、と言い切ってもいいかとおもいます、、、、、
IMG_1737.JPG



なるほど、、 変に納得しながら部屋に帰り、一人二次会の用意、、
やっぱりこれが心落ち着く一番の楽しみです、、

もとろんセコイ私の事だから、来る途中コンビニでの買い出しは
義務みたいなもんです、、
嬉しい事にこのホテル、自販機でビールを定価販売してくれていたので
遠慮なく買わせてもらいました、、


何もせず、何にも遮られず、何も考えず、無心で本を読み耽けられるなんて、
この上無い、至上の贅沢といってもいいでしょう、、
きっとこの時間がこの旅行のクライマックスだったはずです、、

本を読み読みチビチビ3本、ページをめくる音しかしない静かさが、
耳に沁み入る晩秋の夜、、、

IMG_1738.JPG


朝起きると、かすかな頭痛、このくらいだったら昨夜のオマケみたいなもんで
朝御飯食べ終わると同時にサッパリ消え失せ、朝風呂から出ると、
もはやビール飲みたくなる始末、、    もちろんそれは昼からのお楽しみ、、 

チェクアウトを済ませ、外へ出るとご覧の通りの眩しい朝陽、 
さて、これからどうしよ?
もみじライン上りにでも挑戦し、お土産きのこでも買って帰るか?
五十里湖までのんびり漕いで、鮎の塩焼きでも頬張り行くか?
それとも北西の風に乗って宇都宮で昼からビールに水餃子にしよか、、?

              う〜んっ?、どしよ?



    ”よし、じゃ最初目に入った人が向いている方向へ行こう、、”               
IMG_1739.JPG



結果、玄関先を掃いていたおばちゃんは南を向いており、
だとすると鹿沼か小山? そのあたり、、、


鹿沼ならニラ蕎麦?  小山だったらうどん?


頭ひねって考えてもそのくらいしか思い浮かびません、、、


じゃ、帰ろうかな、、       


結果、この後駅へ向かい自転車袋に詰めてスペーシアに飛び乗り、
11時には家に着いてました、、
なんだか逃げ帰ったような書き方ですが、実際そうです、、

来年50にもなろうかといういい歳こいたオッサンが、鼻息荒げ飲み放題で
”ビール飲み倒してやる!”  なんて意地汚い企画立てたはいいが現実を
知って急に大人しくなり、背中を丸め去ってゆく、、、、  そんな様相です、、

今回に締めくくりとしての一行を綴るならば、、
”やはり、お酒は、ゆっくり楽しくチビチビ飲むものに勝るもの無し” でしょう、、

よって、15年前のはた迷惑な不祥事は、毒を変じて薬と為すよう
これからの人生の肥料に転換させるという約束にし、胸に収め、
一人旅を終えました、、

なんだか拙速な書き方で、しまりのない終わり方になってしまいまい、
申し訳ありません、、、、




   さてと、、  書き終わったことだし、、 発泡酒でも飲もうかな、、、、









| 店長の休日 | 20:36 | comments(0) | -

飲み放題と紅葉と、、

 

もう15年位前でしょうか、かつて柏のアーケード街に ”一丁” という
100人以上は入れるであろう大きな居酒屋があり、
海老根君や一郎君らを誘っては月一位のペースでよく行ってたんです、
そこは生ジョッキを呷りながら肉じゃがを頬張るような、そんな気取らない
空間で、お気に入りは、チョッピリ大きな声で話しても盛況さがそれを
掻き消してくれるような賑やかで大衆的な繁盛店でした、、
そんなにとりりたてて美味しいモノを出すようなお店ではなかったんですが、
北海道を意識した料理や魚が多く、いつも活気に溢れ、
店員がキビキビ動いていたせいでしょうか、デロッとした刺身もその
キビキビさで、なぜか鮮度がいいように感じられ、接客される側として
店内に漂う雰囲気も、これ店の売りモノだということを学習させてもらえた
ありがたい居酒屋でした、、、

そんなもんだから、その頃は柏での一軒目は自然とそこへ足が向かい、
そして毎回三人で豪快に飲むもんだからそのうち店員にも顔を
覚えられるようになり、お互い冗談飛ばすようになった頃、
たしか初夏あたりと記憶していますが、その一丁が、オープン一周年を
記念しての感謝サービスとの触れ込みで ”千円で生ビール飲み放題” 
とのキャンペーンを打ったんです。
まだ発泡酒が出ていない時代です、それに加え私達の歳も30歳前半、、、
当時は飲んだビールが体の中をスルスルすり抜け、そのまま
温まっただけで勢いよく便器の滝と化してた青年時代です、
力じゃもちろん負けるけど、飲みっぷりならアンドレに勝てるかもしれない
なんて妄想するほど飲めた元気な頃です、
           そりゃもう、3人で舞い上がりました、、

そしてもちろん行きましたよ、一郎君と、、、、(海老根君は鼻血で欠席)

2人で絶対50杯は飲もうな! 
ツマミは塩辛だけな!
席はトイレの近くにしような!

そんな段取りをたて、弾む足取りで乗り込んだんです、、


結果は、、 二人で28杯、、、、、      意外と飲めないもんです、、、、、




ところがそんなことよりも、話したい事(本題)は一郎君と別れたその後です、


生14杯も調子込んで飲んだからでしょう、柏駅改札を過ぎてから、
これどうにもこうにも気分が悪くなってしまい、呼吸をするのも辛くなって
きたんです、、  

          うう、、うぅぅ、、ぅぅうう う、、、、

言うまでもなく、そんな時は吐いてしまうのがなんたって一番の良策です、、
もちろんそのつもりで駅のトイレに駆け込んだんですが、するとそんな
緊急時に限り ”大” の方はお決まりの満席、、 
それどころか二人も並んでる始末、、

横を見ると、悠長に尻を上下に振って、しずくの処理をしてる
サラリーマンや、 ”ピィッ” と乾いた屁を飛ばすオッサン、、 

ところがもうその時こっちは喉がグボグボ鳴って、もはや逆噴射への
カウントダウン、、  もう、迫り来る危機感と、それを取り巻く絶望感、、
唸り声を漏らしながら生理現象とのガチンコ真剣一本勝負、
ふんぎゅ〜〜〜ぅぅうううう!! って、感じ、、いやこりゃ、どうしよ、、、 
             
   ”グボッ、”    う、マズっ!、、口ん中、溢れてきたぞ、、、


そしてついに逆流、、、   にらめっこのアップップ顔になってしまい、
それでも赤顔白目で口膨らまし並んでいたんですが、とうとう
嘔吐感の臨界に達し、、  ”もうだめだな、こりゃ、、” と、覚悟を決め、
躊躇せず入口横へと進み、そこにある洗面台に両手をつけ下を向き
咆哮にも似た雄叫び響かせ排水口に向けたまらず大ゲロを
ぶちまけたんです、、、、

食べたツマミは、ほぼ塩辛だけだったので、液体だけの水々しいゲロに
なってくれ、細い排水口に全て流れ込んでくれたのは、こと幸いでした、、  
しかしそれよりも大混雑していたトイレ内での絶叫ですから、一瞬にして
モノ凄い視線の一斉射撃、、  
けれど、ゼーゼー荒息吐いているような苦痛中は、そんなもん全く
気にならないもんです。
ところが最悪の危機を脱し、安堵の呼吸と共に正気を取り戻したとたん
今度は反対に公衆の面前で不作法をしてしまったという、やりきれない
罪悪感が沸き上がってきて、できる事なら6号越えるあたりまで
猛ダッシュで走り去りたいほどの衝動に駆られたんです、、
だがもちろんその状況でそんな事できるわけありません、
だからでしょう、ションボリ反省した犬状態のように背中を丸め
顔を上げるのすら申し訳ないほどの心境だったんです、、、、

すると一人のおじさんが、カバンの中をガサゴソさせながらこっちに
歩み寄って来ました、、、  
そして取り出したコンビニ袋をおもむろに私に差し出し、

      『電車の中で苦しかったらこれに吐きなさい、、』

そう言って私に手渡してくれたんです、

            『ど、どうぉぼぉ、、、  ずいまぜん、、、』

吐いた直後とは唇が震えているもんで、しっかりした言葉は
出ないもんです、、

トイレを後にし、左手で手スリを伝いながら階段を下り、トボトボと
ホームの端まで行って、袋にもう一発吐いてやろうかと歩み進むも
いつの間にか平行して滑り込んできては、 ”乗りなさいよ、” と
言わんばかりに開いた扉に無意識にフッ、と吸い込まれ、
乗るやいなや鉄のポールを強く握り込み、ふと窓の外に目をやると、
星空の元、砂時計の形をした、そごうの赤いネオンが、いやに物悲しく
浮かんでおり、それを目で追っていたら、”いったい俺は何やってんだろ、、”
そんな自己嫌悪に苛まれながら流れていった柏の夜景は今でも忘れる事が
できません、、、

   家に着いてみるとアゴ横に塩辛が一本、張り付いていました、、、、、、




そんな事があったからというわけではありませんが、それ以来だんだん
一丁からも足が遠のき、柏の一軒目も、うどん屋の ”七味屋” という
ところに変わり、いつしか一丁の飲み放題後の一件も薄れかけた頃、久々
店の前を通ってみると 入口看板は ”黄金の蔵” というチェーン店のものが
掲げらてれおり、店の終了を知ったんです、、



以外なことですが、お酒が大好きな私にとって以来、決して飲み放題には
手を出さず、自分のペースで楽しむのが自己の決まり事となったんです、、、



なんだか話のはしりから勝手に惨めな昔話を晒してしまいましたが、
では今回この話がどんな展開になっていくかというと、

そう、15年ぶりに、その封印を解き再び飲み放題に挑戦してみようかと
考えたんです、、  なんてことない、飲み過ぎても絶対、人に迷惑かけない
方法を思いついただけの理由なんですが、けれどこの歳になってみると、
自分の飲酒の限界に挑戦なんていう馬鹿げた企画も自らの老いをリアルに
実感できる貴重な体験かもしれません。
ちなみに私、いい歳こいて食べる方でも同年代なら不動の横綱張れる
自信があり、本気出せば、丸亀のぶっかけあたりだったら10人前は確実に
いける大食漢で無敵の強さを誇ります(呆れられてます)
だったらこの歳(49)で、おもいっきり飲んだらいったいどのくらい飲めるんだろ?


まあ、だったら検証しようじゃないかと、10月の連休にフラリと自転車担いで
季節の紅葉見物を兼ね、一人日光行の電車に乗り込みました、



本当の事を言うと、スマートに飲みまくることによって、胸の奥に残る
あの日の汚点をゴシゴシ消しに行きたい、というのが本音だったんです、、、、
それともう一つは、もしたくさん飲めたんであれば、それは自らの衰えを
多少否定できる現実として喜ばしい出来事かもしれません、


            では、出かけましょうか、、



このあたり、ちょうど鹿沼を過ぎたあたりです。
IMG_1691.JPG





日光駅到着後、もちろん無駄な時間体力は使いません、
1時間ちょっと、のんびりバス移動、、
IMG_1696.JPG




しかし、、、

湯元手前で下り自転車組み立て走り出し、湖が見えてきたら、この渋滞、、
IMG_1712.JPG






湯ノ湖入口に自転車を停め、時計回りに歩き出すと、結構いい感じに紅葉
しています、

                   来て良かった、、
IMG_1698.JPG



というか、寒い、、 

このあたりは標高1400m、気候は北海道と同等だそうです、
IMG_1697.JPG



正面の山並み山王帽子山や太郎山、三岳、、

かつてここを通る山王峠でチンピラ猿に因縁つけられ、おしっこ漏れるくらい
(ちょっぴり漏れてたかも、)怖い思いした経験があるので、
次回、川俣温泉方面へ自転車で峠を越える時は、必ず、  か、な、ら、ず! 
例え動物虐待といわれようと、以前のような場面に出くわし、それらしき
猿と正対したなら、何の迷いも躊躇も無く、熊用最強唐辛子スプレーを
全身全霊全力でぶっかけてやろう固く誓ってるんです。



           それにしても、あのときは怖かった、、、、
IMG_1700.JPG






ここ湯ノ湖は一周3キロ、のんびり歩いて1時間半ってとこでしょうか、、
IMG_1701.JPG






木道もとても綺麗に整備されており、歩いていると、山の匂いと
冷たい空気が鼻孔をくすぐり、
その清々しさが湖を引き立たせる脇役を立派に務めています。
IMG_1704.JPG




もう御機嫌、
やっぱりこういうのって一人がいいですよ、、

若い頃はこんな風景、何の感動も無かったんですが、年々、歳を重ねるごとに
不思議と素直に美しいと思えるようになり、味わい深く感じれるんです、、



             演歌みたいなもんですかね、、、
IMG_1705.JPG








           四分の三程歩いてちょうど一時間、
IMG_1706.JPG







よ〜く観察すると、これ山から水が流れて来てますよ、
きっとこれ湯ノ湖⇒湯川⇒中禅寺湖⇒華厳の滝⇒大谷川⇒鬼怒川⇒利根川
⇒海、、 こんな順番でしょう、、
IMG_1707.JPG




つい、この間まで夏だったのに、、、、



IMG_1708.JPG





中央の山が過去幾度となく私を苦しめた金精山、しかし、登り終えた後は
峠を越え、左手先に白根山を見上げ走る丸沼あたり迄の道のりは
夏の初めの季節だと、風そよぐ中、高原植物の花が群生する桃源郷のような
三次元世界を五感全てで楽しむことができます。

なお、その行程は車からの見物だとやはりその良さは体感できません、
けれど残念なことに、ここからだと公共の交通機関が無いのでやはり
自転車か徒歩がいいでしょう、、
自転車だと勾配7%、距離5キロの峠なので二頑張りすればなんとか
越えられますが、日光駅からだとここまで26キロ、ダラダラと900メートルも
登ってこなければならないので、やっぱりバスでの輪行がお勧めです、、

徒歩での場合は日光からではなく、むしろ沼田からバスで終点の
丸沼高原までのんびり揺られて来られたほうがいいかもしれません、、
IMG_1709.JPG






いつもだと駅からここまで自転車漕いで、この看板に辿り着く頃には
いつもフニャフニャに疲れてしまい、マラソンの川内(埼玉県庁)の
ゴール直後状態と大して変わりません、、
彼と違うところは、私の場合ここはゴールではなく、毎回目の前の
金精峠(高所国道日本3位)を燃え尽き灰になるほど必死こいて
踏み上がらねばならない行程が残っている事です、、

しかしこの日は眺めただけ、、
こんなところでエネルギーは消耗せず、今夜の飲み放題の為に温存です。
IMG_1710.JPG




この山も今回記事をアップする頃には、うっすら白い帽子を被っている
頃でしょう、、、
IMG_1711.JPG






たっぷり楽しんだ湯ノ湖を後にし、途中戦場ヶ原から男体山方面を一枚、

こんな景色見てると、できる事なら写真の中に足先伸ばして入り込みたい
妄想にかられてしまいます、、
IMG_1714.JPG




その反対の白根山方面、
IMG_1715.JPG





赤沼を過ぎ、じゃ、ちょろっと竜頭の滝でも見に行きますか、、、
IMG_1716.JPG


ほどなくすると ”滝上” とのバス停の前にカメラオヤジが列をなして
ズラリ、、、

首を伸ばし覗いてみると、とうやらここ竜頭の滝の上部分という事が判明、、
なんとも分かり易い地名だこと、、、、
IMG_1717.JPG


走り出すとすぐに、延々と車の列が、、、
これみんな竜頭の滝見物希望の車の列、、 
中禅寺湖方面は500mは繋がってたんじゃないかな、、

紅葉時の奥日光は混み合うのが定番ですが、無駄な時間を
費やさない為には自家用車は避けたほうがいいでしょう、 
やはり電車、バス、徒歩での観光が2番目に機動力のある
組み合わせだと思います、、、
IMG_1722.JPG




並び連なる車の列を横目にサッサと入口脇の石垣に自転車を停め、
チョロっと橋の上から見上げると竜頭の滝が水しぶきの音をたて、
これまた豪快に営業してるじゃないですか、、

            お土産屋さんホクホクだろうな、、、、
IMG_1718.JPG




ここ竜頭の滝をこのように正面から見るとなると、茶店を通ってこなければ
ならないんですが、もう、すんごい大混雑、、
この写真撮るのに20分以上かかりました、、 

理由はカメラジジイ、(あえて堂々ジジイとの名称を使わせてもらいます)

写真が趣味なのはヨシとしましょう、三脚持ち込みも許しましょう、、
それを広げ3人分ほどの場所を取るのもまあ、目をつむりましょう、、
けれど、後ろに多くの人達が遮る物ない一枚を撮りたいが為に
並んでいるというのに、展望台最前列横一線を長時間占拠するのは
いくらなんでもマナー違反でしょう、、
自分達が何枚も写真を撮りたいからなのか、それとも満足の一枚が
撮れないからか、後ろの人達に、はばかることなく長い間展望台を
占領している天下御免の身勝手ジジイ、、
この三人のおかげで大迷惑していたんです。

例えていうなら、子供の運動会の最前列にテーブル組み、パラソル立てて
見物している家庭が三つ並んでるようなもんですよ、
ここが競輪場なら、ためらう事なくなく恫喝するんですが、さすがに
観光地でそんなことして、”こいつに脅かされた”なんて難癖つけられ
警察でも呼ばれたらションボリなので、  ”ったくも〜〜”  との思いで
大人しく並んでたんです、、

     するとここでワクワクする展開になったんです、、、

後ろにいた同年代(60代)の男性が業を煮やし、とうとう怒り爆発!

『おいこら、オマエら! 並んでる人達の事も考えろや。、このカス!!』

      あらあら、これまた随分見事な代弁者が現れたこと、、、

この一言、私を含め皆、心の中でその男性に拍手を送ったはずです。

しかしジジイ達は、その言葉完全無視、、、、
それどころか、一向に気にすることなく片目つむり、しかめっ面で
ファインダー覗き込んでるんです、、 すると、、

       『おいおい、聞いてんのか、このクズ!!』

どうやら男性、相当、口が悪いようです、、
するとこの罵倒コメントにジジイの一人が反応し、 『るせぇなぁ!!』

”あっ、こりゃ始まるな、、”  どういうわけだかこういう場面の遭遇経験は
とても多い私です、  始まりどころ、収めどころのポイントは
人一倍よく分かっています、、

案の定、男性ズイズイと進んで来ました、、

大体こんな時は三脚を足蹴にし、つかみ合いに発展するのが定番です、、

       クゥ〜〜〜っ、!   面白くなってきたぞ!!

アカの他人の喧嘩観戦ほどワクワクドキドキの娯楽はありません、、、、
そしてあの場面なら皆、腹に据えかねてたでしょうから、歩み進む男性を
応援していた事も違いありません。  

けれど、やはりやっぱり男性の連れが腕を掴み、  ”オイオイやめろよ、”
の仕草、、   ま、連れの人達にとっては当然といえば当然の行いです、、

   『なんだよぉ、、 せっかくの紅葉見物の余興なのにぃ〜いい、、、、』

あ〜ぁ、期待もたせといて、、、、      と、ガッカリするもの束の間、
こんどはジジイの反撃が始まりました、

『おい! 俺達だって並んでたんだ! キチンとルール守ってんだ!
      それともナンだ? これが不法行為だって言うのか、 オイ!』

   

自分の旗色悪くなると、やれ法だ権利だ等と言い出す輩はどこにでも
いるもんですが、いい歳(平日ですし、リタイア組でしょう)こいて
そんなこと言ってるこのジジイらは、できる事なら蝶野にでもビンタでも
張ってもらって更生さす必要がありそうなもんです、、

私も、”世の中というものはな ”常識”と”良識” の2つで回ってる
もんでな、すべてを法や決まり(常識)に当てはめてたら社会など
成り立たつわけないないだろ!”  
と、出かけるも、まあここは単なる傍観者ということで年配同士の争いに
口など出さず、じっくり見ていることにしたんです、、

すると男性の仲間の一人がジジイらに 

   『できれば、後ろの方達にも場所を譲ってもらえませんか?』

やんわりとした口調で問いかけたんです、、、  
けれど私にはすぐ分かりました、、、  この言葉の真意が、、、、

これは譲ってもらうのが目的ではなく、腰の低い言葉でお願いすること
によって、ジジイらに、”そこまで言うんじゃしょうがねえな、” 的な
優位な状況を与えてやり、横柄な態度でもいいからなんとか立ち退かせ
この場をどうにか収めようとの仲裁の意図が多分に含まれていることを、


するとジジイの一人が信じられない言葉を吐いたんです、、

          『もうちょっとだ!!』

はい、もうおしまい、、    ここまでお膳立てしてもらって空気
読めなかったら、あとはもう感情の暴走モード突入ですね、、

   んん、、、?    ということはワクワクタイム復活かぁ、、、、、!!


はいそのとおりで、最初に文句つけた男性再び激怒、、
けれども、お仲間二人に腕を掴まれ歩みを進めることが出来ず、、、

『おまえらの為に、みんな迷惑してんだ! この馬っ鹿野郎がぁ!!!』

まさしく仰るとおり、どうせなら総意の鉄槌でもと期待したんですが、
やんわり口調のお仲間は相当の人格者なのでしょうか、男性に 
 ”もういいよ、、行こ行こ、”  と小さい声で呟いたすぐ後、周りの人達に

      『どうも、お騒がせしてすいませんでした、、、、』

そう一言うとペコリと頭を下げ、激怒している男性を二人でズルズル
引きずって茶屋の中へ入って行ってしまいました、、

さっ、てっ、と、、 こうなったら松戸競輪場仕込みのドラ声恫喝でも、、、   
と思うも、やはり通報されたらの心配から、声が出ません、、 

どうしようかとモジモジしていたら、幸いにジジイ達、サッサと三脚をたたみ、
 ”チェッ、” って顔をしなから茶屋に入っていったんです、、

おお! これは向こうで一戦あるかな?  いや、ちょっと待てよ、
今ここ離れたらまた並ばなきゃいけないか、、、

そうしてやっと最前列で撮った一枚がこれです、、

もちろん撮ったらサッサと列をはなれましたよ、、   
それが常識、、、  

      いやこれが正しく健全な判断という”良識”というもんです。
IMG_1721.JPG



これ偏見かもしれませんが、私思うに、俗にキレる、というか発狂に近いほど
怒り狂う人って、年配者(60歳〜70歳位)の比率が高いような気がします、、
もっとも、怒りまくるくらいの方が元気あっていいとか、喜怒哀楽がはっきり
している方が欝にならないだとか、多少いい面もあるかもしれませんが
やはり礼に欠ける行為であるということは否めません、、

これってやっぱり、定年し組織に属さなくなったら、べつに警察のお世話に
なったところで新聞にでも出なきゃいいや、どうせ会社勤めてるわけでも
ないんだし、よってクビにもならんし、退職金も貰ったし、縛られてた
コンプライアンスからも多少解放されたし、、、、 
              こんな思いがあるからなのかな?



もしそうだったら、私一生草食系でいいや、、  そんな妄想浮かべながら
自転車またいで走り始め、竜頭の滝を後にしました、、




なんだか本題の、飲み放題と大きくかけ離れた内容になってしまいましたが
長くなってしまったんで、ここまでが前編という事でメインの後編は近々アップ
しますので、ちょっと休憩させていただきます、、












| 店長の休日 | 18:09 | comments(4) | -

書くにあたっての二人の師

 


以前ここのブログでカミングアウトしたことなんですが、
こんな無学無教養の私が、どこでどう間違ったのか、底辺高校在学時に
あの凄まじい環境下では絶対の絶対に縁に触れることの無いであろう
活字だけの読み物(小説)にのめり込んでいたという、松戸M高校としては
前代未聞、未来永劫に無いであろう、ふざけた生徒だったという珍過去を
明かしたことがあります。

あの頃まわりを見回せば 駅で 『フンガ〜〜ッ!!』 と雄叫び上げてた奴、
”えいきゅう不滅”を ”A級不滅”と書き、”平和” の読みはもちろん”ピンフ”
How old are you? との問いに胸を張って I’m fine thank you!! 

こんな破壊力抜群のバカ達が豊富にひしめいてた松戸の魔窟、M高校、、、、
そんな愉快なバカ達の熾烈な最下位争いに必ず絡んでたドーベルマンバカが
当時の私でした、、、   
       
そんなバカの黒帯が家に帰るやいなや机に向かい、
隠れるように背中を丸め、親指舐め舐めページをめくり、
夢中で読んだ三島や谷崎、太宰、漱石、有三、、、
主義も主題も文脈も、作風選びさえまるで一貫性が無く、
ただただ近代文学という響きだけで味噌も糞も分からず
貪り読んでいた、こっ恥ずかしいあの時代



ところで、なにゆえそんなバカが活字だけの書物などを読むようになり、
今では直木賞作家のサイン会へ嬉々として参加するおっさんになって
しまったのか、、
最近たいしたブログネタも無いことだし、いっそのこと、どういう展開を経て
そこへ行き着いたのか、いったい誰がそんなこと教えたのか、
つまり、そこに至った根本原因といえる ”どこでどうしたから、こうなった” 
そのルーツをたぐり寄せ明らかにし、今回記事にしてみよう考えたんです、、 

これ早い話、理系の人が好む直接的原因探し、何に端を発したかの
追究、発表みたいなもんです、、


まあ、そんなことを思いついたのは、先月の浅田次郎サイン会の帰りに
なんですが、帰宅後その内容ををサイン会記事と付せて書こうと考えるも、
なにせフニャフニャに酔っぱらっちゃってて何が何だかさっぱり分からず
書けずじまいでしたが今日は飲んでいませんので、しっかり書けそうです。
こういうのは記憶の冴えている日中じゃないと指が止まっちゃうんです、、

よって、さきほど神妙に高1、中三、中二、、
しっかりと時計を巻き戻してみました、 すると、よ〜く思い返してみると
その出発点がなんとなく分かってきました、、、
そしてそこには、両手を腰に当て仁王立ちする一人の大人の姿が
ぼんやりと浮かんできたんです、、

それは底辺高校2年生の春、、 そこからさかのぼること5年前、
つまりは小学校6年生の頃まで昔に戻るんですが
どうやらそこが出発点のようでした。

ところが思い出してみると、今回は結構人気のある底辺ネタなんですが
あまり馬鹿っ話にもっていけないようです、、、
なぜならこんな私みたいな、おちこぼれをなんとか引っ張り上げよう
知恵を絞り心を砕いてくれた先生の話になるからです、、





でもまあ、そんなこともふまえて、どんな理由あって底辺文学珍生徒に
なっていったのか、つまらんおっさんの昔話ですか暇つぶしにでも
読んでください、  今日は調子が良いので一気に書けそうです。

    じゃあ、とりあえずその話にでも入りましょうか、




まずはその頃、小6の頃の説明からですが、恥ずかしい話当時の私は
これ、どうにもこうにも落ち着きのないお調子者だったんです、、
お調子者と文学底辺高校生が何の繋がりあるの? と、
お思いでしょうが、実はそこには、悪ガキがおとなしい子になるよう
私の性格に合うよう考え工夫したその先生の極端ともいえる
教育方法があったんです。
そしてその指導がきっかけとなり、5年後、幸か不幸か珍妙極まる、
おかしな高校生へと変貌していくんです、、




あぁ、その存在、方法を明かすのでしたら順番的には、まずは
私の腹の中にある考えを明かすことから始めなければなりません、、

ちょっと堅い話になりますが、、、

常々自分は世の中の実相というものは善になろうが悪に向かおうが、
社会も個人も全の基底根幹、土台にあるもの、  すなわち世の中を
司っているものの一切の出発点は教育だと思っています。
学も教養も無い私が言うのも、いささか説得力に欠ける発言ですが、
全く揺るぎない持論なんです。
これは机上の学問以外でも、物事の考え方、捉え方、最善の方向に
持っていく方法論、手段、、、   
各々その根本にはどれだけ多くを学んできたか、どれだけ真剣に
学んできたかで成果も結果も影響も報酬も行き着く先も
全てにおいて変わってくる主因が教育だという意味です。

説明すると、物事とはいかなる結果結論が出ようと、必ずやその
出たものに準ずる原因があるもんです、
皆さんも知っているまあ、よくいう因果の法則です。
今起こってる物事や取り巻く環境の原因を知りたければ過去へ
さかのぼり、未来を知りたければ今やっている事を見ればいい、
社会でも個人でも良き原因こそが良き未来への形成材料へとなる
というわけです。 ならば、異論反論あるとおもいますが、私の
48年に及ぶ経験から断ずるなら、

運や能力や環境なんてものは学ぶ事を拒んだ者の言い訳なんです、

世の中とは私達人間が主体となり成り立っている共同体です
ならば正しく良きものをキチンと認識した上で、道徳や習慣や
考え方などを教え込み実践させ、時に自ら学ばせる、、、
すなわち良き教育という行為自体が道理に適った良識を生み出す
種子であり、それが良識ある人材を育て、その人材達が良き社会を
形作っていく、、、
これ、当然すぎる筋道なんんです、 人が支える社会なら、支える人の
資質を高めれば社会の倫理も文化も高まるわけで、
そうしたいのであれば教育を充実させるべきなんです。
もちろん個人個人変えていくのもしかり、各々性分や気質をよくよく
分析し、個別的教育内容の強化強制次第によっては人の内面すら
変えていけるもんなんです。
そうするなら教育次第によっては過去の私のようなお調子者でも
地蔵やこけしのような、おとなしい文学底辺高校生に変わって
いくんです。  これはそう変わっていった生き証人の言葉ですんで
こんどは説得力ありますよ、、


上記の教育についての持論なんですが、理系脳の理想まみれ暴論かも
しれませんが少なくとも私は正論寄りと確信します、、



まあ、熱弁ふるっても賢い皆さんなら、そんなこたぁ分かってるわ、の声が
聞こえてきそうなので教育の重要性はほどほどにしておいてと、、、、

それよりも、いったいどのくらい私がお調子者だったのかをまずは
説明しないといけません、そしてどのような方法でそのお調子者が
地蔵やこけしになったのか、、、
もちろんその手段も明かさなければ上記の持論を納得させられません、、

その小6時時代の私が、どんな子供だったのかなんですが、、
現在使われている言葉で表現するなら、ズバリ、アスペルガー偏差値70、
お調子者と言うよりどちらかというと落ち着きのないキョロキョロバカ、、、 
こう言ったほうがピッタリだと思います、
具体的には、いつも何か面白い事はないかと四六時中、蝿のように
キョロキョロ周囲を見廻し、見つけるやいなや、その中心となり
悪ふざけの先導役をかってでる70年代番組の ”あばれはっちゃく” 
の暴れない版みたいなもんす、、、、
おかげで毎日担任の先生からは首が240度位回るビンタを喰らうのが
日課でした、、   
睨みが効く、、との理由で席は中央最前列、(席替え参加も許されず)
発言は手を上げ許可をとってから、、、  給食の大鍋は接触禁止、、、 
これは大量の消しゴムカスをコネて丸め、肉だんご色に色付けして鍋に
放り込んだ悪事がバレて、炎を噴くような猛ビンタをもらった後からの
決まり事だった憶えがあります、、、、、、
しかし、同級生からはそんな怒涛の馬鹿キャラクターゆえ好意的な
扱いを受け、自分で書くのもなんなんですが結構な人気者でした。
その反面、先生達にとってそんな騒がしいバカは悩みの種だったん
でしょう、そのため、あまりの行儀の悪さに手を焼いた当時の担任が、
なんとかこいつを静かに机で落ち着かせる方法は無いものかと日夜
頭をひねりまくったんだとおもうんです、、

そして先生が出した結論(教育方法)というのが日記だったんですよ、 

        それも授業中に書けと、、


『どんな内容でもいい、題名を決めて、それを帳面1ページ書き終える
までは、たとえ夜になっても帰さん!! わかったか!!  
おまえの母ちゃんにもよく言っとくからな!!        
            ちなみに夜の教室は怖ぇ〜ぞ!』

そんなことを言われ、”ほれ!” と言葉と共にノートを放り投げられたんです、

平成の今では絶対にありえない、恐怖と強制のコラボともいえる極端極まる
パワハラ課題です、、



その頃、楳図かずおの ”漂流教室” なるマンガの影響もあり薄暗い教室に
一人だけ残るというのは発狂モノの恐ろしさです、 だからでしょうか、
居残りさせられるかもしれないとの恐怖から生まれるエネルギーとはスゴイ
もので、それから逃れようとする一念は鉛筆をもなめらかに走らせました。
幸いにもバカはバカでも馬鹿正直だったので、もう必死に書きました、
何を書いたかは覚えていませんが、それは、ただただ文字を並べただけの
拙い駄文だったはずです。  
たぶん馬場だのブッチャーだの地獄突きだの、、、、
           きっとそんな内容だったんでしょう、、、

そして毎日下校時にその日書いたものを提出し、翌朝出欠をとった後
そのノートを渡されるという決まりで、朝、手渡された日記を開いてみると
毎回そこには前日私の綴ったトンチンカンな文章の書き替えや
誤字脱字の修正、平仮名から漢字への変換、主語から述語への矢印等が
びっしりと赤ペンでこと細かに加筆されていました、、、

小学生の私にとって、その手直しされた文章形態とは以後、模倣を強いられ、
修正された漢字は多用を義務付けられたよう、従うことしか許されぬ
上官命令にも似た重みのある加筆添削であり、それこそ主語と述語が
はっきりしない文章でも書こうもんなら、またまた240度ビンタをお見舞い
されるんじゃないかと思うほど熱さ伝わる赤い文字列でした、

けれど不思議なもんで、最初はイヤでイヤで苦痛そのものの作業でしたが
そのうち先生の加筆修正のおかげでしょうか、それとも毎日怠らず素直に
書き続けた成果でしょうか、3カ月もすると次第に自分の思いや物事を
うまく文字に表現できるようになってきたんです、
するとこれおもしろいもんで、小学生ながら多彩な表記や正しい漢字を
使い分けられるようになり、いつしか日記がなんの苦も無く書きはじめられ、
自主的に机に向かうようになるまでに、たいして時間はかかりませんでした、、


そんな日記の提出が卒業式の前日まで続いたんです。
日数から勘定すればそれはノート2冊にはなってたはずです、

今では不幸にもその貴重な日記は紛失してしまいましたが、日記を書く
習慣は残りました。事実、それから書いた日記は大学ノート8冊に及び、
ここ龍ケ崎に引越して来た日、運び入れた荷物は、簡素な洋服の箱と
腕に抱えた8冊の日記だけでした、、

そう思うと小学校時代のその強制されながらも書いていた日記経験が
自らの読み書き学習となり、その副産物として得た文章や漢字に対しての
自信が活字を書く事への抵抗を和らげ、こんどはその自分の書いたものを
読み返すという習慣が自分自身に備わる読書力となったに違いありません
その結果、落ち着きの無かったお調子者も、読み書きをするという目的の
ため自ら机に向かい鉛筆を持つようになり、なんとか、おとなしくなるように
との思いを込めた先生の知恵が中学時代を挟んだ5年間、私の体に
しみ込み、涵養され、いつしか自分の机に向かう事が全く苦ではない
高校生に成長していった、、  というわけです、、

付け加えるなら、そんな恥ずかしい37年も前の体験が今なお続く、
読み書きの習慣に繋がっているという自らの現実が、さきほど書いた
教育の重要性を証明するものであると言っていいでしょう。

そしてそれ(教育の重要性)を体現した姿が、まさしく過去の私、
(文学底辺高校生)だった、というわけです。、

それもこれも小6時代に日記を強制された経験が礎になっているんです。
そう心から思っています、、








と、まあここで終わってしまえば、オチも面白みも無い話なんで、
ここからはリアルな内面を吐きましょう、、






ところで皆さん、、ここでおかしな疑問を感じません?
今回はなんだかずいぶんと出来過ぎた話なんじゃないかって、、

どういうことかというと、、、、
大体どうして小学校卒業時に自ら机に向かう習慣がつき、
やればできるということを体得したというのに、なんでまたそんな
底辺高校にしか行けなかったの? とか、
それだけ若い時分に読み書きが苦ではない学習習慣を身に付けた
んだったら、それを十分他の教科に応用できるはずだろう、、? 
とか、そんな疑問を、

もちろん今にしてみればそう思いますし、もっともな疑問です、、、


まあ、それについての答えなんですが、手短に言えば上記太字で
書いたキツイ一行が実は後々の私なんです。
あの文は自分自信に叩きつけた自責の文句であり、
上の疑問に対しての明確な答えでもあるんです。
      まさしく、喉元すぎれば、、、 ってやつでしょう、


   やはり物事は因があって果が成り立つわけです、、



そんなわけだから自己責任という世の鉄板の道理を知るに至った理由
ともいえる厳然と実社会に存在する、学力から学歴に、そして職業へと
つながり形成される絶対に口には出してはいけない世間のカースト、、
つまり、学力でつまずくと職業選択の幅が狭まり、結果、学業の何倍もの
努力をしないことには低賃金肉体労働者への道を突き進むという法則、、、

その仕組みをしっかり理解した17歳の時また日記を書き始めたんです、
その書き始めたきっかけは、 一言で言えば、きっと怖かったんでしょうね、
その社会に厳然と存在するそれが、、
このままだと高校卒業後、いずれ自分も学力や学歴に準じた職業階層に組み込まれてしまうという未来が、、、、

(そんなもの今にしてみれば取るに足らないつまらん悩みだったと赤面の至りですが、

   しかし、、、  やはりこれは紛れもない現実でした、、)

けれど、なぜまたそんなにも怖かった鉄の法則から逃れようとの対応策が
受験勉強ならまだしも、そんな女々しく弱々しい日記なんてショボイもんに
なってしまったかというと、
  ”社会に出たら絶対に読み書きからは逃げられないぞ!” 

この言葉が胸に叩き込まれた錨となっいたからでしょう
いつも口酸っぱく繰り返していた先生のその言葉を思い出し、せめて
人並みの読み書きの心得位は身に着け、日報が書けるあたりの
レベルにはならなければと多少は自分なりの考えもあったんでしょう
(実際は数学も英語も生活態度も全て手遅れ、という現実が先生の言葉を
無理矢理正当化させ、経験済みの日記に逃げたという見方も多少自分の
中にはありますが、、、)
そう思い立った時、日中は底辺高校というエキセントリックな環境下では
あったんですが、幸いにも小説を乱読していた時期と重なっており、自宅は
多くの書物という教材にも囲まれ、大人しく机に向かうようにもなっていたので
次元は全く異なりますが、少6の頃に比べ文章を書くという環境には
とても恵まれていたかもしれません、、
       たたひとつ、、先生がいない事をのぞけば、、、、
、、

そうして5年ぶりに書き始めてみると驚くことに、あの頃先生に教わった
文章体が意識をしなくとも、ペン先から次から次へと流れ出てきたんです、、、
書くほどに、綴るほどに罫線並ぶ白いノートの上、怖かった先生の
癖のあるあの字が、あの声が、あの表情が浮き上がり、蘇り、
それがどんなにも懐かしく切なかったことか、、

切なかった理由は、辛抱しながらでも淡々と続けていたものを辞めてしまい、
それと引き換えに自由を選んでしまった時、溜息と共に漂う、後悔にも似た
あの脱力感を初めて味わったからでしょう、、
それはきっと、先生が私に身に付けてくれた将来の可能性を広げる
尊い学習習慣を卒業を機に自ら放棄してしまった悔恨から生まれ出た感情、
だったに違いありません、、

だからもう遅いとは解かってたけど今度は続けました、、、
専門学校からインターン時代、店員時代を経て店長となり、
そして、店主となった今でも、、




すると、今にしてみれば分かります、先生が卒業ギリギリ迄続けてくれた
細かに加筆添削された日記を通して私に何を教えたかったのか、、

怠けるな、 だらけるな、 無為に過ごすな、やり続けてみろ、
学べば学ぶほど実りある人生になるんだぞ、、
おまえはバカだけど磨けば光るバカなんだ、 だから学び続けろ!!

きっとこんなことを教えたかったんだろうと、
この齢になってみてよく分かるんです、、

駄文なりとも自分の胸の中の思いを文字に表し、起承転結つけ
休まず一気にここまで書けるようになったのがその実証かもしれません、、








私にとって、書くという事で師と呼べる人は二人います、
一人は断じて折れぬと意地と信念を貫き通し、文字で支えてくれた
心の師、浅田次郎
もう一人は教育次第によって人はいくらでも変わっていけるもんなんだと、
それを書き続けるいう継続の力をもって私の体に仕込み、教えてくれた
小学校の恩師、、、
浅田次郎には先月、お礼は言えなかったけど会うことが叶いました。
しかしながら小学校の恩師との再会は難事です、お礼を言いたくても
言えません、、、、


庄司先生、もし、ご存命であり、百万が一以下の確率でしょうがこの記事を
読んで下さっていたら私の真心からの感謝の意をここで述べます、、


先生、ありがとうございました、おかげで静かに机に向かう大人になれました、
そして先生からの課題は老眼鏡をかけるこの歳になった今でも続けています、









| 店長の日本一ためにならない話 | 12:42 | comments(2) | -

浅田次郎との対面

 


”女心と秋の空”  
変わりやすいものの代表的な例えですが、女心はさておき、気まぐれな
秋の空は機嫌が悪いと激烈な雨をぶちまけ、お店を激暇にしてしまう
負の歯車の潤滑油みたいなもので、商売にとって、とても有難くない
秋の風物詩です。
とりわけ午前中の雨は厄介なもんで、御隠居さん達を家に閉じ込めてしまう
性悪効果があるようです、、

そして変わりやすいものを、もうひとつ加えるなら、うちの隣のランドロームの
跡地でしょう、、 大型店舗の小判鮫としては気になるとこです。
まあ、そんなどうでもいいこと考えてるくらいですから、
労働意欲に溢れていてもこりゃ本腰入れて暇ですね、

そんな、のんびりしていた9月のある日、暇潰しに新聞に念入りに目を通して
いると、普段は読まない文芸面の広告に浅田次郎新刊記念サイン会の
広告が載ってるのを見つけたんです、、

蒼穹の昴やシェラザード、鉄道員、、、    
私にとって浅田次郎といえば、雲の上どころか、成層圏まで突き抜けるほど
神のような存在であり、その文才の1%でも私にあれば、こんな駄文も
珠玉のエッセイになることでしょう、

そんな神様に会えるチャンにめぐりあえたんです、広告を目にした瞬間、
歳すがら動悸にも似た暴れる左胸をかばいつつ、
2秒後には受話器を左手に高橋名人ばりに番号速射、
100人までの制限付でしたが、10時ちょうどの電話が幸いしたんでしょう、
すんなり予約が取れたんです。   これは快挙といえましょう、

  ”え?、ってことは浅田次郎に会える、、ってことだよね、、”

近々訪れるであろうその現実を思い浮かべると、嬉しさのあまり
いつしかコブシを固く握って鼻息荒げていました、、 
        その時の気持ちを川柳にするなら

      頭はのぼせ、胸は打ち鳴り、心は富良野の青い空!

こんなとこかな、、いかに浮かれていたかが分かってもらえると思います、
まぁ、それもこれも元をただせば秋の大雨のおかげかもしれません、、


そういう訳で9月の平日、仕事サボってまであの憧れの浅田次郎に
会いに有楽町まで行ってきました、、







その記念の日も雨、、 
それも昼過ぎから雷音をこめての威嚇してるかのような、、

         正面の、鎌形さんとこの整骨院は早くも照明点灯、、
IMG_1627.JPG



じゃ、うちも、、、

それよりこれとんでもない雨、、  スタンドの洗車機回ってるような水圧、、

目の前の通りの排水口は水の吸い込みが間に合わないようで、ゴボゴボ
泡立っちゃってる始末、車の通りもナシ、、、

もちろん来店のお客さんも、、  もっとも当店、予約制でなく順番制なので
こんな雨の日に濡れながらでも来る人なんかいないか、、、、
IMG_1629.JPG



あ〜あ、暇だぁ、、  掃除もやったし、新聞も読んじゃったし、
ネットオークションは飽きたし、、   花壇いじりは出来ないし、、、、
IMG_1623.JPG







                  だめだこりゃ、、、、、
IMG_1628.JPG

そこで、、 どうせならと思い、、

『あの〜っ、、、 今日憧れの人に会いにいくんですが、失礼の無いよう
キレイな頭で行きたいんですけど、髪の毛洗ってもらっていいですか、、?』

事業主とはいえ、スタッフがくつろいでいる時間にお願いするのは
低姿勢です、、、

             『はいはい、座って座って!』

                   ホッ、、、、

我が店ながらシャンプー技術は、なかなかのもんだと感じます、
やっぱり、プロに洗ってもらうと気持ちがいい!!
それがいつもタダだと思うと、もっと気持ちがいい!!

IMG_1610.JPG


注文は『男前』
こういうアバウトなリクエストが実は一番イヤなんです、
しかしベテランの域に達した小市にとって、そんな注文に対しても、

  『あっ、そ、、』  『文句言わない!』

私に対しては問答無用の対応です、、(注、お客さんにはとっても優しいです)

大ざっぱに乾かした後、髪の根元に熱を入れ少し立ち上げ気味にします、
私は凄い癖毛で、薬剤と熱とで真っすぐに矯正しているので、
どうしてもペッタリしてしまい、これを軽く見せるには
やや立ち上げるのが効果的です。
IMG_1614.JPG



ドライヤーでのブローも終わり、スタイリングにはいります、

IMG_1616.JPG


         ちょっぴりワックスでも付けますか!
IMG_1617.JPG


                 出来上がり!
IMG_1618.JPG




ちょっとだけワイルドな感じで、、、
これなら浅田次郎に失礼じゃないな、、

というか、これ限りなく、乾かしてワックス付けただけにおもえるんですけど、、

             ま、いっか、、、 上等上等、、
IMG_1619.JPG



サイン会は6時半から、有楽町までですと1時間ちょっと、、
この大雨で電車が遅れていたりしてたら大変なので4時半に出発、
              の、予定、、    

ど〜か、私指名のお客さんが来ませんように、、、、、
両手の指を組んで胸に当て、祈ること30分、、 その間二人の来店、、
そのうち一人は指名のお客さん、、
しかしなんとか切り抜け、いや、切り終わり、時計を見るとちょうど5時、、

『あの〜っ、、 できれば駅まで送っていってもらいたいんですけど、、、』

手の空いている小市にまたまたお願い、、

”わがまま言うな!遊びに行くんだからバスで行け!!”

そう返されることを重々予想したけれど以外にOK、

          よかった、、、



               じゃ、行ってきます!!
IMG_1631.JPG



佐貫を定刻どおりに出たので、有楽町にはちょうど6時半には着きそうです。

浅田次郎に会える、浅田次郎に会える、、 ううううぅぅぅ〜〜っつつ!!!

”蒼穹の昴” ”鉄道員” ”壬生義士伝” 最近では ”終わらざる夏” 等、もう
作品全て泣きたいくらいの大作です。内容を書くと読書感想文みたいになって
しまうので、興味のある方、まずは世に出た作品、”地下鉄に乗って” にでも
目を通して下さい、浅田ワールドにのめり込むこと必至です、、

                  上野駅通路
IMG_1632.JPG


なんて軽く紹介してますけど、私にとって浅田次郎とは、数ある彼の
作品に触れ心酔し単純勝手に師と仰ぐような軽々しく薄っぺらな
存在ではありません、
彼が持ち続けてきた絶対に小説家になると決めた信念から生まれた
”意地” の次元に感応したのがもともとの始まりで、
文章から伝わるその執念が私の中に沈殿してた負けじ魂を覚醒させ、
決意を曲げなかった強情っ張りっぷりには同じ匂すら感じました。

何よりも信念の遂行というものをけっして忍耐だの根性だの、そんな
重苦しい言葉を使わず多彩な文章表現で面白おかしく和らげては私の
精神世界をいろどりを添えてくれた直木賞以前は小説家というよりは
むしろエッセイストのような存在でした。

その反面、ニートや引きこもりではなく自身で事業を営みつつも
小説家になるために20年間必ず一日6時間を読み書きに費やすと決め、
それを実行し貫き通した執念、、、
その成功していた商売をも捨ててまでも志を貫き、
ここで負けてしまうんだったら、もう死んでもかまわない、と
口に出せるほど長い下積みに裏付けられた強気の姿勢、
そして刻苦勉励の末、ついにつかんだ直木賞、、、

いつも彼を応援していました、、、、

茨城に越してきた年、蒼穹の昴が直木賞の候補にあがった時、
鈴木光司や宮部みゆきら他の候補作を速攻買ってきて熟読、
これなら勝てると確信するも落選、、
その年の直木賞選考委員の受賞基準に疑問を持つも翌年、鉄道員で
受賞が決まった時は嬉しくて嬉しくて、わざわざエビスビールを買ってきて
ニュースステーションの映像で一人祝ったほどです、、
(本当は、蒼穹の昴でダメなんだから今年もダメだな、と思ってました)

今ここで、それほど好きな理由は、と尋ねられたならこう答えるでしょう、
珠玉と評される作品の中身はもとより、
もはやここに至るまでの道のりに対して、つまり人間浅田次郎の道程が
生み出した作品だからこそ好きなんです、

         畏敬の念をもって仰ぎ見るおもいです。

あ、有楽町に着きました、、、
IMG_1634.JPG




サイン会場は丸井の横、交通会館一階の三省堂、
入ってみるとすごい人の数、、
まずは受付カウンターで名前を告げ、予約の確認、確認が済むと本を買い
(もちろん浅田次郎の新刊)、そして予約カードに名前を書き
(その名前を本に揮毫してくれるようです、、)後は係員の指示に従って下さい
とのこと、

            するとここで困ったことが、、

撮影禁止の大きなプラカードを持ったアルバイト達がグルグル店内を
回っていて写真が撮れません、、
たぶんあのオレンジの看板の下にいるはずなんだけど、、、、、
でもこれって盗撮になっちゃうのかな?
遠慮がちに、とっても離れたとこからズームをきかせて一枚、、

IMG_1635.JPG



      『サイン待ちの方は外の階段でお待ちになって下さい!!』

口に当てた拡声器から指示に従うようにとの甲高い声、、
カウンターで買った本をバックに詰め、人だかりの前を通過したその時!



   うう、、、うわあぁぁぁぁあああああ!!



   あっ、あっ、あのハゲ頭、

浅田次郎だぁぁあああ!!!


     興奮のあまり禁止されている撮影、、してしまいました、、、、  
          
                  すいません、、、、
IMG_1636.JPG



いやはや、本物の生浅田次郎を目にし、熊にでも遭遇したかのような驚き、

しかし、よ〜く見てみると聖なる神域内で参拝者がありがたい御神体に
頭を下げお目通りしている様な、そんなムード、、、

別に急がなくてもいいんですが、何故か急げ急げ!       

本に揮毫をしてもらうには外の階段で待たなければいけません、
係員についてその階段に案内されると今度は4列に並んでくれとの指示、
階段見上げるとすごい人数、10列以上はあります、
どうやらここから4人づつ呼ばれ揮毫と握手をしてもらう模様、、
驚いたことに仕事帰りのサラリーマンの方達でしょうか、
浅田二郎サイン会と見るや飛び入りする人の多いこと多いこと、、しかし
係員に事情を説明され皆一様に残念そうな表情をして去っていきました。
       ”へ〜っ、ファンってこんなにいるんだ、、、”
脳内で関心するも並んでいる二人に一人は今しがた買った本をもはや
開き、読み始めてるじゃないですか、、 
       ”こりゃ、俺より熱い奴いっぱいいんな、、”
中には今から浅田次郎に会えるという現実にヒートアップしちゃったんで
しょうか、心を落ち着かせるためか、肩で息をし、瞑想している人もいます。

私はというと、、、   

やはり左胸が騒がしく、心拍数もハネ上がってきてるのが自分でも分かります
日常でこんな多人数の列に並ぶなんてことは、性格上まずありませんが、
こんな楽しい行列並びは何回でも経験したいもんです、、

IMG_1637.JPG




          『お次の4人様、こちらへどうぞ、』


待つこと20分、とうとう私の列が呼ばれました、

  浅田次郎に会えるんだ!  浅田次郎と言葉が交わせるんだ!

もう完璧に舞い上がり、右手と右足が一緒に前へ出てしまうような行進で
歩き進むと、そこには心の師、浅田次郎が二人ほど前の女性に
筆を揮っていました、、
すると、んんん?、、、 机の横には菓子折りやケーキの箱、果物、、 

    くぅ〜〜っ!、こんなことなら茨城の新米持ってくるんだった!!

         そうすれば一言分多く言葉が交わせたのに、、、、


ほどなくして私の番が来ました、

  浅 『こんばんは、、松本、、ん〜っ、”たかまさ” さんですね、、』

  私 『いえ、この ”征” って字、”ゆき” と読むんです、、』

  浅 『ほ〜っ、これで ”ゆき” って読むんだ、、  じゃあ、たかゆきさん、、
            ですね、、、  んん、いい字だ、、』

  私  平静を保ち静かに、 『あ、それはどうも、ありがとうございます、、、』

                    心中
                     ↓↓
親父いぃぃ〜いいい! ありがとぉぉ〜〜おおお!


さらさらと毛筆で私の名前を書いてくれ書き終わるや、右手を差し出して
くれたんです。  
この手から蒼穹の昴や天切り松が生まれたんだと想像すると、それこそ
御神体に触れるような感動です、、

恐る恐る手を握ると、その手はおもいのほか大きく、
そして柔らかい感触でした、、
ほんの短い一瞬でしたが私の視覚に収まったそのシーンは今でも固く瞼に
刻まれています。

          浅田次郎先生、ありがとうございました、、、

一礼をし、晴れ晴れしい気分で、”さ、帰ろうか、、” と思うも、
浅田次郎のいる場所を背を向け、さっさと帰るのもなんかもったいなく、
恥ずかしい話、サイン会が終わるまで明子姉さんや古葉監督のように、
離れた本棚の陰からチラッ、チラッ、と顔半分だけ出す、まるで絵に描いた
ストーカーのような覗き見で時間を潰し、終了するやいなや誰よりも早く、
大きな拍手を送りました。



会場を出るといつしか雨もおさまり、ところどころにできたアスファルトの
水たまり、、そこに浮いている色とりどりのネオンに目をとられていると、
         ”さてと、、、  一杯やって帰ろかな、、”
無意識に出た独り言ですが、よくよく周りを見回せばここ有楽町だったんだ、、
さすが銀座は私の肌には合いません、、
というか、先ほどのサイン会にしたって、並んでいる人達の客層からして
ここは全然人種が違いますよ、、
まるで美術館や演奏会の常連さんを連想させるような知性と教養の塊の
ようなのばっかり、、
そんなもんだから本当だったらサイン会終了退席時、私の競輪場仕込みの
ドラ声で応援の言葉を送ろうと計画してたんですが、とてもじゃないですが
そんなことしたら、たちまち両腕抱えられて連行されちゃうような雰囲気
だったんで、猫かぶって、上品に拍手なんかしたんです、

つまり、私にはここよりも田端とか日暮里とか御徒町が似合ってるって
ことです、、、


              じゃ、御徒町行こ、、、、、
IMG_1639.JPG





10分ほどで私に合った庶民の街、ホームグラウンドの御徒町です、、

もう、こうなりゃ水を得た魚、 家に入った内弁慶、  ああ、空気がうまい!

この左に並ぶガード下の飲み屋の列、どこで飲んでも3000円もかかりません
IMG_1640.JPG






まあ、一軒目はヤキトンでも食べましょうか、、

じゃあ、いつもの ”手前味噌” ここは串とおでんがうりのお店です、
店員が皆テキパキしており、料理が出てくるのが早いのでお気に入りです、、


                 『生ちょうだいよ、、』
                     ↓
                 『は〜い!!』
                     ↓
                  30秒後
                     ↓
             『はい、生お待ち!  トンッ、』
                     ↓

IMG_1642.JPG




冷えた生を大事そ〜に半分飲んだらバックをガサゴソ、、

            興奮冷めぬ間にもう一度見ますか!

                 表紙をめくると、、、、
IMG_1643.JPG



心高鳴り気分舞い上がった夢の時間の続きが、ここにあります。
IMG_1644.JPG



しばし悦に浸り、取り囲む充足感のなか、ビールをゴクリ、、、
            ふ〜っ、旨ッ!  

すると頼んでおいたシロ到着、 ここはお肉(ホルモン)はもちろんの事、
このからし味噌が、いい脇役の仕事をしてるんです、、

ちょっぴり疲労を抱えた空腹時に食する冷たい生ビールと熱々のヤキトンの
組み合わせは抑えの効かぬ暴走機関車のような怒涛の食欲を沸き立たせる
もので、まるでハンセンとブロディのような最強コンビと言ってもいいでしょう、、
IMG_1645.JPG


こんどはタン、噛んだ時にジュワッ溢れる旨味と食感かたまりません、、

ああ、それよかホルモンばっかり食べちゃうと、また痛風になっちゃうんで
この辺にしときますか、、、

              あの痛みもたまりません、、、、、
IMG_1646.JPG


手首に目をやるも時間はまだ8時をちょっと越したとこ、、

ではもう一軒、ではいつものとこでも行きますか、、

この味の笛、一回は立ち飲み、けれど2階は座れます、
そして通なお客さんは暖簾をくぐらず、横の階段から2階へ、、

私ですか?、、             そりゃ、黙って一人、階段からですよ、、
IMG_1641.JPG


マグロブツ(200円)と生ビール(250円)、週刊文集は読み終わったら
お店に置くので、汚さぬよう注意をはらいながら、目を通します、、

それにしても表現の自由という名のペンの暴力とはよく言ったもんで
話に巨大な尾ひれを付けているのか、それとも火の無い所に煙を立てて
るのか、、、

けれどそれらを買ってしまう私も、それらを養ってるようなもんだから同罪か、、
IMG_1647.JPG


ここでビール2杯飲んで、都合4杯、、、 ではお楽しみの日本酒と
いきますか!

ぬる燗にしてもらって、ウマヅラハギのような口でチュ〜っ、と流し込めば
          ク〜〜ッ!!  浸みる浸みる、、、 


        やっぱ、お燗はお酒のホームラン王ですね、、
IMG_1649.JPG




2本目ともなると、酔いも回り、口寂しくなりヤッコ(200円)購入

このあたりからまたまた本を引っ張り出し、コップ酒片手にしみじみ揮毫を
見つめていると、先ほどの出来事はやっぱり現実の出来事だったんだ、と
再確認、、 
まるで長年ずっと憧れていた車の納車直後の真夜中、ふと目を覚ました時、
まさか夢の中の出来事だったわけじゃないだろうな、、  
そんな不安の中、おそるおそる窓を開け、玄関前を見下ろし、
ホッと胸をなで下ろしたあの日のようです、、



そのうち酔っ払って、頭がフワフワしてきたら、今日のサイン会に来ていた
人達の頭良さげな上品さ思い出し、ところで、なんでどうして、いつからこんな
立ち小便や野糞するような品の無い私が場違いにも、そんな人達に混じって
大衆文学愛好者の集いのような場にヒョコヒョコ出向いては
胸が締め上げられるほど喜んじゃうようなアンバランスな偏好性を持って
しまったのか、、、そのルーツを、ゆっくりさかのぼり思い出してみたんです、、


ところが、、、、、、




酔っ払い過ぎて何が何だかさっぱり分からず、、、












とりあえずもう一本日本酒買っていました、、、、



IMG_1651.JPG





ついでに赤魚も、、、、、、    (300円)




IMG_1648.JPG




じゃあ、その不可思議なルーツ、成り行きは次回にでも書きましょうか、、


30年以上生きてきた人は誰しも人生決定づけるような指導をしてくれた人の
存在ってあったと思います、、      そんな話です、、




酔っ払ってさえいなければ、なんとか書ける自信はあります、、、


             『ウィ〜〜ッ、、  ふ〜〜っ、、』

もつれる足でなんとか佐貫に辿り着くと家内と、あれっ、、助手席には
愛犬ブルが迎えに来てくていました、、、


IMG_1652.JPG


それにしても嬉しい、、、


あれから二週間、三度の食事時、座卓脇の棚に鎮座する本(赤猫異聞)に
手を伸ばし開き、毎回浅田次郎とのつながりともとれる揮毫を確認していると、
本来でしたら仕事の暇なこの時期、この難局をなんとかせねば、
良案はないのか、、う〜〜ん、などと小難しい顔でオカズをつついている私が
今年に限り、まったく、ちっとも、露ほどもそんな思いは無く、おかげで気分は
事業収益に反比例して潤いまくっているのがただ今の現実です。



とはいっても、もう10月、、
秋の長雨もそろそろ落ち着き、お店も忙しくなり始める頃なので、いつまでも
浮かれてはいられません、そろそろ気合を入れ気分を変えかえなければ、、

    じゃ、手始めに鋏でも砥いで真面目モードに修正しますか、、








| 店長の日本一ためにならない話 | 14:33 | comments(2) | -

日光サイクリング





前回ブログで輪行予定の候補、上高地、奥日光、谷川岳と3つ挙げましたが、
走行環境、混雑度、現地滞在時間等を考えると、すんなり奥日光となりました。

私にとって日光とは第二の筑波山みたいなもんで、地図も持たずに
自転車担ぎ、フラリ訪れその日の気分や風向き次第で右や左に進路をとる
ような、まあ簡単に言うなら、いつでも来れる隣町感覚のような場所なんです。
ですからサイクリングをするにも、あれだけ大汗流し張り切っていろは坂も
今では単なる中禅寺湖への通り道としての存在となってしまい、横着にも
バスで通過してしまう事の方が多くなってしまいました、、、  

とはいえ、飽きたのかといえば、とんでもない、、 
夏の間、湖、湿原、山並み、、ここほど季節の移ろいを週単位で
コマ送りできる高原地帯は関東でも珍しく、空気も涼しく透明で、
御飯も旨い、、、
出来る事なら毎週でも行きたいほどのエリアです、、
それに加え観光名勝も数多く、荘厳極めた輪王寺東照宮や
澄み切った大谷川、華厳の滝に神橋、、、子供連れで行くならば
日光江戸村や猿軍団、大笹牧、場東武ワールドスクウェア、、 

もう、これだけ並べられちゃうと悔しいですが我が茨城完敗、、 
        つまり日光には実力があるんです、、
それだけ飛び抜けて素晴らしいからこそ世界遺産にまで認定されたんでしょう。

そこで今回は何度も来ている日光がどれほどいいところなのか、
いったい床屋の店長は日光のどの辺をウロウロしているのか、
余すことなく教えましょう。

そしてこれから山々が紅に染まる季節、日光へ輪行に行こうと
”日光 自転車” や、”日光 サイクリング” ”日光 輪行” 等で検索し
、このページにひっかかってしまい読み初めているサイクリストのあなた、、 
必死こいて自転車漕ぐのはいつものコースだけにしといて、奥日光へ行った
なら心身共に自然に溶け込むファンタジックな休日で心の洗濯でもしませんか?




                      では出発、、、










8月にもなると4時半近くにならないと明るくなりません、
輪行へ行く前日は仕事中に出かける準備を完璧に終わらせ、
8時に強制睡眠、この日ばっかりは晩酌も晩御飯も抜きです。
そして翌朝3時半に起き、トイレで私物パソコンを立ちあげ
30分程ふんばりながら主要なもののチェック、、

新聞を持ち込むと家人が怒り狂うのは、どこの家でも同じようです、、、
IMG_1478.JPG




いつもの4時35分取手発、
この朝、暇つぶしによくよく車内を見廻してみると、
あることに気が付いたんです

あれぇ、年配の方ばっかり、、 60歳はゆうに越してる、なんというか、ズバリ
言うなら、競輪場によくいるような服装のような人達です?
さすがにこの電車だと大手町や新橋には5時半には着いちゃうんで、
サラリーマン風の人はいません、 

       ではいったいこの人達どこに行くんだろ、、、? 
IMG_1479.JPG




北千住で5時15分の新栃木行きに乗り換え、、、

日光方面へ行く場合、新栃木での乗り換えになると
ホームをまたがなければならないので、
手前の栃木駅での乗り換えをお勧めします。
始発なので好きなBOX席に座れる率高いんですよ、、

毎回山が見える左側後方を確保、ここから1時間あまり、 
まずはサンダルを脱ぎ足を伸ばし耳にイヤホン差し込み、
90年代懐メロでフンフン♪


いつも鹿沼の手前あたりで朝御飯、ここから5時間は食べられないんで、
しっかり食べとかないと、、       結構楽しみな時間です。
IMG_1480.JPG






東武日光駅に7時37分着、7時50分あたりの湯本行きのバスに乗り、
のんびり車窓からの景色を楽しみます、、

”なんだよ、こいつ、バスかよぉ〜、、” と、お思いのサイクリストのあなた、
日光での自転車のメインは、中禅寺湖あたりからです、 
いろは坂の登坂って上り終えると以外や以外、 
『なんだ、こんなもんかよ、、』 って皆、思うんです、
いろは坂を自転車で上ったというと、大体の人が凄い凄い!と言いますが、
(特に年配の方) これはまだ、いろは坂が対面通行の頃の印象が
あるからなんです。 
新しいこの上り専用の第2いろは坂は平均勾配は5%ほどで、
非力な私でも道路に足を着かず一気に明智平まで行けます、 
それに対し下り専用の第一いろは坂は半端ないですよ、崖下りのようです
そんなもんだから、いろは坂に飽きたら中善寺温泉まではバスでの
時間短縮がお勧めです。
バスだとそこまで30分ちょっと、たとえ武田豊樹の捲くりでも、
ドーピング直後のランス・アームストロングでもバスにはかないません、

            浮いた時間を奥日光で使いましょう、、
IMG_1481.JPG







中禅寺温泉を過ぎ二荒山神社の前あたり、
いつもここはリュックを背負った多くの人達がぞろぞろ降りていきます。 
この停留所を利用する方達は湖畔を歩くハイカーではなく
日光男体山を登る登山者がほとんどで、
やはり日光で登山となれば男体山か白根山でしょう、、

冬の晴れた朝には白く雪を被った日光の山並みの中でもこの二つは、
ひときわ抜けた存在で、両山の勇壮な頂は龍ヶ崎からでも望めます。
IMG_1484.JPG





竜頭の滝も過ぎれば戦場ヶ原はすぐそこ、赤沼というバス停で下車、
ここがそのバス停前です。 この写真の景色私は大好きで、
ここへ降り立ち、この深みのある紺碧の空を背負った山々が視界に入ると、
極上のサイクリングが始まるスタートフラッグみたいなもんにおもえ、
これから始まる夏の一日に期待を募らせ胸が高鳴るプチ興奮状態の中、
シャッターを切らずにいられません。

ということで速攻で自転車を組み立て、この景色とは反対方面に走り始めます、
IMG_1486.JPG




300m程先、進行方向右側に進入車を阻む頑強なゲートが現れますが、
注意書きを見ると歩行者と自転車はOKとのこと、、
ここからは環境保護の為、低公害バスしか入れません。

しかしながら、いつもここを走りながら思うんですが、
環境保護は建前で実際は、この道路幅が進入禁止になった本当の理由
なんじゃないかと推測します、、
だってこの道幅だとバスと正対したら完璧に、お見合い状態となり、
タチの悪い車だったら、やれ下がれ、もっと端よれだの
対面トラブルが絶えなかったんじゃないかと思うんですよ、
それに、自家用車での移動が出来るとなると、
この先の景観をもって思うに、撮影機材やコンロ、食材の持ち込み、
禁止されてる釣りをする者、、はたまたペットの排泄物の問題、、、
まだまだあったはずです、

ま、いずれにせよそんな問題が数々あり、管理側の人がどうにもこうにも
頭に来て、カッカと熱くなり考え抜いた結果、   
『あっ、そうだ、便利な言葉があったわ!』  というわけで、   
  ”環境保護の観点から考えうるに、、、、”  と、なり、追い出し決定、、


とんだ憶測かもしれませんが、実際、物事なんてその時の単純な感情で
方向が決まっちゃうって事、多いですもん、、 いや、半分以上はそうかも、、

何はともあれ、現代において環境保護の為との言葉が出てしまうと、
相当に肝の座ったへそ曲がりや悪党でない限り、私達一般人にとっては
絶対に抗えぬ強制力を帯びた印籠を突きつけられたようなもんで、
順守するほかありません、、

そのおかげでハイカーとサイクリストにとってはナイスな環境が
転がりこんできたわけなので、
個人的には栃木県の英断に拍手を送りたい気持ちです。
IMG_1487.JPG






そんなこと考えながら、朝の陽射し差し込む白樺林の中を、
高原の乾いた空気をハアハア吸い込んでは吐く有酸素呼吸になるほど
スピードを出してしまいます、、  
その理由はなんといっても朝一電車とバスで赤沼まで来て
低公害バスに乗り換え、今まさにこちらへ向かってる人よりも
早くそこに辿り着きたいたいからなんです。

ああ、そういえばまだ行く先を書いてませんでした、
この時間、こんな天気のいい日、大勢の観光客やハイカーを乗せたバスが
到着する前にそこに行き着くことができれば、誰一人いないその場所で
極上の時間を味わえる、私にとってはとびきりの場所なんです、、


その場所とは、マイカー規制のはいってる道を鉄のゲートから約9キロ走ると
突き当たる中禅寺湖の西端、千手が浜という湖畔なんです。
ここはクリンソウの群生地で有名なんですが、それは6〜7月位までのことで
8月にもなるとグッと人出も減ってくるんです、とはいっても低公害バスは、
なぜかいつもすし詰め状態ですが、、

その千手ガ浜、位置的には湖の西端にあたり、当然正面は東となります、 
となると、朝のうちだと昇る朝陽と向かい合うことになり、快晴の朝だと
これが湖面に反射し目を細めるほどで、左正面に男体山、右には半月山、
真正面には華厳渓谷から昇る太陽、、、 
運が良ければほんの少しの間ですが眼前に荘厳で神々しい山々と
光輝く湖を視界いっぱいに収め、
息が止まる程素晴らしいひと時を過ごせるんです、、

それともう一つ、そこから20分位山道を歩くと、小さな湖ですが 
”西ノ湖” なる静か〜〜な湖があるんです、、
前々回ブログの八ヶ岳白駒池ほど大自然さは無いですが、いつ行っても
誰もおらず、湖とはいえ実際は深い森の中の大きな池
と、表現したほうがピッタリの落ち着ける秘密の場所です。

この2つは自分の中で日光輪行の定番セットになっており、
戦場ヶ原や湯ノ湖へ行っても、ここに来ずして奥日光は語れない、
といってもいいでしょう、、
そういう理由でフンフン荒息吐きながら、ペダル回して9キロの道のりを
いつも目標30分(峠が一つあります)と設定してますが、
未だにクリアしていません、、



なぜなら途中に、こんな綺麗な湿原があるから、いつも見入っちゃうんです。
ここは小田代ヶ原といい、戦場ヶ原と並ぶ奥日光の有名湿原で、
スゴイことに平成17年に国際条約のラムサール条約に登録され、
それにより国をあげての保護体制が敷かれており、
夏の間は小学校の修学旅行生とハイカーで賑わう人気の高層湿原なんです。
IMG_1489.JPG




9時じゃ、まだ人もパラパラだ、、


IMG_1491.JPG









この道はバスだけ通るサイクリンクロードみたいなもんで、9キロだと歩くには
ちょと長いので、ほぼ低公害バスで来られる人達ばかりです。





    それにしても前回の銚子に比べると、なんと涼しいことか、、、
IMG_1488.JPG




はい、ここが中禅寺湖の西端、千手が浜、この日は結構良い天気なんですが、
湖面に反射する朝陽の光り具合はイマイチ、、、

うろ覚えですが、私も小学6年春の修学旅行で遊覧船に乗り、この船着場へ
降り立ち、行軍隊のよう2列で森の中を湯元へと行進した思い出があります、、





         けれどこの美景観、何回来ても素晴らしい、、
IMG_1492.JPG



地上5センチからの画像、、

和かな風のせいでしょうか、湖面の静かさが伝わっていると思います、、、
IMG_1493.JPG



あららら、、 誰だか湖に入って歩いたお馬鹿がいたようです、、、

       ん、、? でもまてよ、、 

この風景背負って逆光の強い状態で、スソを持ち上げ、水辺を歩く
子供か女性(美人限定)にシャッター切ったら、いい一枚かも、、、
IMG_1494.JPG




日光駅7時35分着の電車(日光行き一番電車)の人達は今頃赤沼で
低公害バスに乗り換えなので、まだ小田代あたりでしょう、

               自転車乗りで良かった、、、
IMG_1495.JPG




      さ、て、と、、、  賑やかになる前に引き返しますか、、

IMG_1496.JPG






千手が浜を背にし、1キロほど戻ると左に西ノ湖への入口看板があり、
自転車を降り、次は山ハイキングです。
山とはいえ、ここは勾配はほぼ無いのでウォーキングといった方が妥当しょう。

ビンディングペダル装着のサイクリストはサンダルをお忘れなく、

     靴ではなくサンダルです、理由は次の写真で、、、
IMG_1520.JPG





ほどなくすると冷たさが伝わってくるような清流に架かる赤橋が現れます、
この橋、渡ってる途中、歩みに合わせユラユラ揺れます。

このあたり、日光周辺の川は驚くほど綺麗で、サンダルでくるぶし位まで
入るだけでも気持ちも体にも心地良いクールダウンになります。

ただし浸かるのは、くるぶしまでにしましょう、、
川の流れってのは想像以上に力強く、調子込んで膝辺りまで入ると
真面目な話、バランス崩しオットットとなり、手を着く手頃な岩が見当たらないと
両手を川底ドボン、、、   シャツ前面はビショビショ、  

              これ鉄板パターンなので、、、、
IMG_1521.JPG




20分ほど歩くと樹々の隙間から湖面が見えてくと西ノ湖はすぐそこ、、
IMG_1523.JPG



着いてみると、人工的に施したものが全く無く、あるとすればこの看板くらい、、
見事なまでに原型をとどめた自然の湖(池?)です、、
説明書きを読むと、流れ込む川が無いので渇水時はほんの僅かな水たまり
になり、逆に水位が上がると周辺の森林を水没させてしまうほど姿が変わる
そうです、

だとすると台風後などは避けたほうがいいでしょう、、  


            というより辿り着けないか、、


IMG_1524.JPG



水面に山肌の緑が写るほど静かな湖、
ここで20分近くボ〜ッと過ごしましたがハイカーの一人すら会いませんでした、


    耳に入ってくるのは遠くからの鳥のさえずりと微かな風の音だけ、、
IMG_1527.JPG



私なんかは、幸いにもほどよい田舎に住んでいるせいか、都会の雑踏や
混雑、他人のモラルに対してのイライラ等とは縁が薄いので、生活環境や
労働環境が生み出すストレスはそんなにも感じません、
とは言ってもはみても全く感じないというわけではなく、ほんの少し、
ミジンコ程度のストレスは腹に抱えています、、

そんな私でも、どういう訳かいつもここ誰もいない西ノ湖へ来て深呼吸すると、
その微々たるストレスすら、シュワ〜ッ、っと音を立て昇華していくよう消えて
いっちゃうんですよ、これけっして大げさじゃなくホントの話、、
そしてその後、爽快な開放感を感じ、まるで背中に羽が生えたような躁状態
で嬉しくなってしまう、、ことさらこんな天気のいい日はもうMAX、、、

    ここはストレス中和作用のある精神世界遺産でもあります。
IMG_1526.JPG


20分で気分はスッキリ、、




IMG_1525.JPG



じゃ、戻りますか、、
来た道を、ザッ、ザッと音立て、さて、小田代の湿原でも寄ろうか寄るまいか?
IMG_1522.JPG



いやいや、これじゃあ単なるハイキングになってしまうんで、午後の部は
軽く汗でも流しますか、

   この時点でもう11時も過ぎていたんで早めにもどらないと、、
IMG_1497.JPG







ちょっとだけ撮影、、
IMG_1498.JPG





この周り徒歩で約40分で一周ですかね、、

綺麗な木道が整備され、とっても散策しやすいコースとなっており、
後ろ髪引かれる思いでここを後にしました。

IMG_1499.JPG





竜頭の滝、  滝上からの一枚、皆ここから写真撮りたいもんだから混む混む、、
IMG_1500.JPG




右手に中禅寺湖を望み華厳の滝方面へ進みます、
このあたりでいつも腹が減って、腹が減って、、
どうせならいい想い出にと金谷ホテルで昼食でもと思うも、
まさかそんな贅沢は妄想止まりにしておいてます、、

IMG_1501.JPG



ここからが中禅寺温泉、実はこの近くの遊覧船乗り場の真ん前に
とても有名なトンカツ屋、浅井精肉店があります。

このお店、日光を走るサイクリストの空腹をガッツリ満たす有名店で、
筑波山でいえばミックスホルモンの丸多屋みたいな
自転車野郎御用達店なんです、、  

料理はというと、私が頼んだロースカツ定食には、王将の
餃子定食のように、トンカツが平気な顔して2枚も乗っかっており、
御飯も2杯まで無料、(大盛り可) 店内は清潔を極め、
愛想の良さも世界遺産級、、、
そのためか、いつも混んでおり、入り口横の、お待ち専用ベンチすら
空いているのを見た事がないほどです、、

私も一度しか食べた事はないですが、料理写真を撮れる余裕も
ないほどにお客さん皆無言で、
ただひたすら黙々サクサクと食を進めてるんです、、
皆、並んでる人達に気を使っているのか、それとも大腹減りなのか、
その姿はまるで修行僧の食事を思わせるような粛々としたものでした。
そんな空気の中でもいいから食べたい、、 
そう思わせるほどの店なんでしょう、
(注、お昼のラーメン二郎のような殺伐とした空気ではありません、、)
これを読んでるサイクリストのあなた、日光ライドと浅井精肉店は、
健康ランドとビールの関係のようなものなので、
     ”ここのトンカツが食べたいから、いろは坂を上るんだ、” 
こんな食いしん坊自転車野郎が憧れるボリュームにまみれた美味なる
カロリーの塊、そんなとこなんです、、、



しかしながら、こんなこと書いてるくせして、この日、行かないんですよ、、
浅井精肉店は日光初心者の行く店で、日光の奥義を会得した私の胃袋を
満たす聖なる昼食??、

     もっともっとディープでマニアックな食堂があるんです。

紹介しましょ、、      ただし、いろは坂を下らないと行きつけません、、
IMG_1502.JPG







大鳥居を過ぎ、華厳の滝もスルーして、その食堂へ向かいます、

冒頭で書いた崖を下るが如くの第一いろは坂を下っていくんですが、
もう、手が痺れる位ブレーキを握ってないと暴走しちゃうんで、
下り終えた時は指腹に赤い線を引いたようにブレーキ跡が残ります、
ここはたかだか6キロしかありませんが、前面につんのめるような恰好で
下りるわけですから自己の経験からいうと
乗鞍エコーライン畳平からの20キロの下りより神経使います、、、、
IMG_1503.JPG



山の先に見えるのは日光市街かな?

IMG_1504.JPG




途中2本の滝、日光は華厳の滝ばかり有名ですが、華厳とはお釈迦様が
説いた華厳経からきてるとのことなんです。
ガイドブックによれば、説いた順番が華厳、阿含、方等、般若、、

華厳の滝の写真はありませんが、いろは坂の途中この写真、
右が方等の滝、左が般若の滝、、、  

       きっと徳川家光は信心深い人だったんでしょう、、

IMG_1529.JPG




さて、いろは坂も下り終え足尾へとの分岐点へさしかかる手前
左へと曲がればそこは日光市清滝、有名なものは ”やしおの湯” 
”清滝インター” そして日光の経済を潤す ”古河電工” 

目指す食堂はこの古河電工入り口の並びの郵便局正面の細〜い路地を
入って20m先の ”中華料理香楽” 
こことってもわかりずらい店で、同じ商売人の私ですら、いくらなんでも
この場所での出店は自爆行為と言い切れるようなもので、
よほど自信と実力がないと、やっていけない立地といっていいでしょう、、

ところが初めて来た時、客さんでいっぱい、、、なんで?どうして? 
ってほど繁盛してたんです。  きっと大きな工場が目の前にあるので
その恩恵を受けての盛況と推測したんですが、
           いや違う、実力があったんです、、

そもそもここは富士理容館のお客さんから教わったお店で、技術中に
浅井精肉店のトンカツのボリュームと素晴らしさをその方へ
滔々と語っていたら、

『フッ、マスターまだまだ素人だな、、香楽のレバニラ食わずして 
日光の味のピリオドの向こうへ到達してねえなぁ、、、』  

へっ? なんだそのピリオドの向こうってのは?

             というよりも氣志團のファン??

ふ〜ん、じゃ、見せて、いや、味わさせてもらいましょうか、
そのピリオドの向こう側っていうレバニラを、、

というような、いきさつがあって来たみたお店だったんです、、、、 

       えっ? それでどうだったかって?  

やはり地元の人の話は聞くもんです、、美味しくてびっくりしました、、
もう夢中で咀嚼し呑み込むような、”食べた” というより ”喰らった” 
とのほうが正しい表現かもしれません、、  

どうもこれ、レバを小さく切って唐揚げにして、炒めたニラと和え、
ユーリンチー(油淋鶏)のタレのようなものをかけた料理で、
食材は2品しか使っていないんですが本当もの凄く美味い、
腹ペコ状態で食べると武者震いするほど美味い、、
ふ〜ん、こういう調理のしかたもあるんだと驚きの発見です、、
それとやはり日光は気候的には北海道と同等の寒い地方なので、
冷めないようにとの知恵でしょうか、あんかけの麺メニューが多いようです、

そういえば、湯波もあんかけが定番なのもそれが理由なのかな?
IMG_1505.JPG



腹も膨れ、一時半過ぎにお店を出、ここからはしばし大汗登坂になります、
ルートは清滝から滝ケ原峠を超え、小来川へ下り古峰原街道を
大芦川に沿って鹿沼までの約45キロ、この滝ケ原峠、清滝側からだと
平均勾配7.5%、獲得標高250mと大したことないですが、
このコースを逆から鹿沼から走破したとなれば、
その者には馬脚勇者の称号を与えてもいいくらいだと思います。




IMG_1506.JPG





ククっ!、、くっ!、クワ〜っ!!  ふ〜〜〜〜っ、、、、  ゴクゴク、、、

   7.5%、口で軽いと言うものも、上り始めりゃやっぱり辛い、、
IMG_1507.JPG





峠を過ぎ、急坂下り、それも落ち着けば、なだらかな森林コース、
下り勾配なので楽楽、、 

    川のせせらぎと蝉時雨を耳に、心地良い山下りが続きます。
IMG_1508.JPG



3時近くが一番暑い時間帯じゃないでしょうか、、
あんまり暑いんで軽くひと休み、、 に、かこつけて川に浸かりに河原へと、、
IMG_1509.JPG




夏、ここ滝が原へ来ると川に浸かってクールダウンするのは恒例です。
ここの冷たい川の水にどれほど助けられたことか、、、


IMG_1510.JPG







この川の水の冷たさに、この後、実は3年間想いしたためていた大胆な行動を
とうとうやってしまいました、、(写真無し)
これ別に法を犯すような行為ではないんですが、子供達に見られ真似されたら
ちょっとマズイかな、との考えの元、3年間実行には移してなかったんです。
もちろん写真を撮るなんてそんな時間はありませんでした、、

まあ、結果から先に言うと、、、    川で泳いでしまったんです、、

この日、奥日光にいた時は気がつかなかったんですが、山を下るにつれ
湿度とは反対に気温は上がりまくり、35度くらいあったんじゃないでしょうか、、
だからといってそれを理由に泳いだ事実を正当化しようとするつもりでは
ありませんが、もう、顔も腕も流れ落ちる汗でビッショリ、頭はボ〜ッとし、
熱中症という役満に激アツリーチがかかってる状態でした、、

上の写真の場所をとうに過ぎ、2キロくらいの上り山道を終えて、
道が開けたあたりでしょうか、
川幅15メートル位の澄んだ清流が、右手視界に映っています、、
後から調べたら大芦川という川でした。 
またさっきのように足だけでも冷やそうと
河原におりて、腰を下ろし首に巻いたタオルで汗まみれの顔を両手でぬぐい、
一息ついたら目の前に空色の透明な清流、、   

キョロキョロッと周りを見廻すも誰もいない、もちろん民家もなし、、
その瞬間、長い間眠っていた野性的アドベンチャー魂の導火線に火が着き
あっという間に、Tシャツ脱いでサンダル脱いで、もちろん短パン、、、  
そして、、パンツも、、、  その間8秒、、  裸になるのは速いですよ、、
かと言って断じてフルチンではありません。  パット入りのレーサーパンツを
脱いだんであって、かろうじて柄パン一枚をなんとか纏っていました、、

そしてもう一度辺りを見廻し、確認してからそっと岩に手をつき、つま先から、
まるで風呂に入るような、そんな恰好でヘソのあたりまで入ったんです、、  

        『アウ!、ワッ、ワヮヮヮヮワワワワワッ!!!』

唇が小刻みに上下に震え、いきなりサウナの水風呂入ったような、、
そんな冷たさを体皮に感じ、髪を濡らすのはイヤだな、そう意識し、
川下へ顔を向け、冷たな水を胸に感じた時、その時には
もう川底と足先は離れ体は水中に浮いていました、

           ”何十年ぶりだろう川で泳いだのなんて、、、、”

開放感と清涼な流れに包まれる中、流れに沿っての犬掻き泳法から、
指を合わせ大きく横へかき分けるような腕の動きに転じたその時、
非常事態発生!!
柄パンが太腿までズリ下がり、49年物の大きな桃が水面下に出現、、
     ”あらら、こりゃいけね、、   通報されちゃうぞ、、”
慌てて河原に上がると、濡れた柄パンがポコチンに張り付き、絞る前の
台布巾みたいな、くたびれきった布きれのようになってしまっており、
なんだか

    『旦那ぁ、、いい歳こいてヤメようよ、、 こんなこと、、、、、、』

長い間、一緒に過ごした私のパンツが私に対し、そう寂しげに
訴えているような気がし、分かった分かったと、そそくさ体を拭き、
Tシャツを着た後、念入りに周囲を確認してからフルチンになり
レーサーパンツを直に履きました、、

ものの30秒位の童心回帰でしたが、この日一番の楽しかった出来事です。
(私は運良く無事でしたが、こんなバカな事は真似しないで下さい、、)

ところが、その場所を離れ、ものの10分も下流へ自転車を進めると、
キャッキャと大勢の子供達が川に入ってるじゃないですか、、、
後々調べてみると、この大芦川、栃木県で泳げる川では有名でした。

サイクリストのあなた、夏に走るのでしたらサンダルと海パンは持参しましょう、



         というより、これくらいにしときましょう、、
            ↓↓               ↓↓
IMG_1512.JPG



川で泳いだというより、広い水風呂で汗を流した気分で出発、
東武線新鹿沼駅を目指して発進したら、これ緩やかな下り坂なもんだから
早い早い、、、 30キロ巡航で4時半に新鹿沼に到着、自転車を分解、
袋にしまい、トイレでシャツと短パンを新しいのに着替え、時刻表を見ると
5分後にスペーシアがあるじゃないですか、、

ってことは6時に北千住に着くということです、、


んん、、、?  あぁ〜〜っ! 冷ったぁぁああ〜い、生ビールが飲みたい!


              そうだ!  海老根君誘ってみよ!!
IMG_1513.JPG



『もしもし、海老根? あ、俺、なにやってんだ? 1時間で北千住来れる?』

いつもこういう誘い方ですが、ほぼ100%の確率で彼は来ます、、 

     『あれ、貴ちゃん?うん、いいよ!、行く行く、すぐ出るよ!』

耳に当てたスマホから、明るく弾んだ、嬉しさ溢れた声が飛び込んできます。
毎回ですが、私の誘いをここまで喜んでくれると、こっちも嬉しいもんです、、

『そうか、じゃ、丸井の一階のパチンコ屋の前な、、 遅れんなよ、、 
いやぁよ、俺は出不精じゃないおまえっつう友達がいてくれて、嬉しいよ、、、』

たまには、ねぎらいの言葉も親しき仲での社交辞令です、、  すると、、

『そうだな!食欲も若い時より無くなったし、もう80キロ超えることはないよ!』

『えっ?、、ん?、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、?????、、、、

トホホホ、、、 もう、なんというバカ!  49歳、とってもいい奴なんだけど
マグマみなぎるバカの活火山!!

どうやら海老根君、”出不精” を ”デブ症” という病気だと思っている
みたいです
、、

いちいちそこを指摘、説明するのも通信料の無駄なんで、

『そうだな、、 歳とって太ってても、いい事なんてなんも無いしな、、』

    は〜〜っ、飲む前からバカの片棒担いじゃった、、、、、 

まあ、こういう友情の形も世の中には存在するものなんだと己に言い聞かせ
電話を切りました、、、

IMG_1514.JPG





これはけっしてネタなんかではなく、事実に基づいた会話なんです、、

 








IMG_1516.JPG




     あっ、筑波山だ!、、  栗橋か古河あたりの車窓風景です、、

IMG_1519.JPG






北千住に着き、丸井の前に行ってみると、、、    いるいる!
ありゃ〜、片手にキリン淡麗の500もってるよ、、、
      それもフタ空いちゃってるじゃん、、、

『おう貴ちゃん! 少しでも飲み代安くしようと思って、もう飲んじゃったよ!』

このバカ!そんなもん見れば分かるわ! その気遣いは嬉しいけど、
路上飲酒は人間レベルを表す無作法な行為だぞ、
     もうちょっと良い大人になろうな、海老根よぉ、、、

声に出そうでしたが、彼のつまらん気遣いを否定するのも悪く、溜息で代弁、、

そして輪行袋に荷物を詰め込んで宅急便で送ったら2人ダッシュで飲み屋街、
もうこの時、喉がカサカサになるくらい、それほどに喉が乾いていたんです、、

   『おい海老根、俺、この生、3秒で飲めっから、よく見とけよ!!』

              乾杯〜っ!   ”カチン!!”  

        ”ゴキュ、ゴキュ!ゴ、クッ、!!  プゥハ〜〜!”

           見事3秒!    ドヤ顔で、 

     『どうだ、すげ〜だろ! なんだったらもう一回やってやろうか?』

                  すると、 

 『おいおい貴ちゃんよぉ、いつまでそんな事やってんだよ、、 もうちょっと
  良い大人になろうぜ!』

            『は?、、、、、はい、、、、、、、、、、、』

やはり友情とは、ケンカと同様、同じレベルの間でしか発生しないもんだと
痛感した路上飲酒と生ビールの一気飲みでした、、、、、、、、

IMG_1580.JPG



2軒目は行きつけの ”味の笛” この時点で、お互いドロ酔い状態、、、

この後、海老根君、サワーをわんこ蕎麦並みに飲んで、白目むいてゲロ吐いて、
これ、いつもの終了合図、、、、
来月は一緒に競輪行こうな、って約束し、私は常磐線、彼は白目のまま
京浜東北線と共に消えて行きました、、、
IMG_1586.JPG





こうして、いつもの代わり映えはしないが、中身の濃い日光への輪行も終わり
これを書いている途中、ふと気がつくと、もう秋がひょっこり待っていました、、  

今年の夏は八ヶ岳、銚子、日光3回、、、   牛久沼、数知れず、、、、
十分満足の夏でした。

秋の長雨シーズンになってしまうと自転車も、しばしの休みになりますが
代わりの何かを見つけセッセとキーボード打ちますんで、また来月アクセス
してください、、



































         おまけ、、


                    秋の気配



IMG_1528.JPG







 








| 店長の休日 | 21:20 | comments(0) | -

銚子サイクリング









いきなりサイクリングの話から入りますが、一般に自転車を漕いでるときの
風圧とはやっかいなもので、サラ脚(疲れてない脚)だと非力な私でも
空気抵抗が無ければ計測器で時速60キロ以上出すのは容易いことです。

ところが実際に路面で走ってみると無風状態でも、50キロもでません、
これが向かい風となると、たとえ弱風だったとしても40キロ巡航すら
無理です、
それがどうした? と言われそうですが、私の大好きな輪行するにあたって
この風こそ体力は消耗するわ、風切り音はうっとおしいわ、
距離は稼げないわ、、  一言でまとめるなら、  ズバリ、   
             ろくなもんじゃないんです、、

これはよく人生訓などで帆船運行に例えて ”順風” といえば好都合を
意味し、反対に、”向かい風” となると、大体 ”悪条件” というと意味を
さすのと同じで、この向かい風とは、船であれ人生であれ、自転車であれ
悪条件そのものなんです。   もう、どうしようもなく嫌で嫌で、、、
いつも輪行のいい事ばかり書いてますが、いい事ばかりじゃないんです、
たまには重荷になることも書きましょう、、



向かい風以外に、この季節もう一つ厄介なのが なんてったって
             ”日焼け” でしょう、、  

爽やかな若者ならまだしも、老眼鏡を愛用する歳になった私にとって、
これまたろくなもんじゃないんです、、
悲しい話、最近この日焼について随分と焼けてしまった私に対し、
技術中に、お客さんから強烈な一言を放たれたんです、


それは、ふんふんと聞き手に回り、釣り話から釣り焼けへ、そして
日焼けへと、話題が移っていく中、鏡越しに目がチラリと合った瞬間、
お客さんサラリと一言、、

『なんだよマスター、色黒くなったら、なんだか”悪徳産廃業者”みたいだな』

            チョキチョキチョキ、、、  ピタッ、

   『へっ?、、、、、、、、、、、、、、、、産廃業者?、それも悪徳?』

   『、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、。』

なんの気なしに出た一言でしょうが、これはメガトン級の衝撃でした、、、、
産廃業者だけならまだしも、”悪徳” はいくらなんでも余計でしょうよ、、
せっかくなら渡辺裕之や東幹久と言ってくれれば、鏡越しに銀翼舞う
シザースワークを披露したのに、、

まあ、焼けてしまった私にも責任があると考え、ここは百歩譲って
松崎しげるや、みのもんたあたりの譬えなら自分でも受け入れましましょう、、
          なのに、悪徳産廃業者なんて、、、、  

でも、よくよくその一言を考えうるに、世間一般では 色黒中年⇒悪い奴、って
先入観があるかもしれません、私はそうは思いませんが、多少ならずあるから
こそ出た一言かもしれません、、  
        そこで今ここで悪い中年を思い浮かべてみると、、

 思い浮かべると、、、、  悪い奴悪い奴、、  悪い中年といえば、、、、、、?

ん〜〜っ?  あっ、清水健太郎、、、 織田無道、、、  大津のイジメ校長、、






              やっぱり、、、、  そうかも、、、、




というわけで今回は風向きと日焼けの ”2大ろくなもんじゃない” を考慮し、
海とグルメと片道100キロをキーワードに絞り、風向き及び日差し方向も
考慮検討の結果、”銚子” が最適ととの答えが出ました。

理由は、やはり夏の南風を考えると、どうしても南へは向かえません、
那珂湊や大洗ですと帰りが向かい風となります、、
そうなるとやはり銚子か鹿島あたりが妥当でしょう、 このあたりだと真東へと
直進となり、行きも帰りも風の影響はあまりないはずです、、
そしてなにより豊富な海の幸、とまで目的を狭めてみれば、最適でしょう、

嬉しい事に一人で泊まってきてもいいとのお許しも出たので楽天で
一番評価の高い海辺の旅館を予約し、真夏の下、熱風そよぐ猛暑の中へ
勢いよく飛び出し、サイクリングの始まりです、、





玄関前、
SPF50の最強日焼け止めをバカ殿並に顔に塗りまくり、
両手で擦りりまくること200往復、  腕も同様、準備は万全!
IMG_1426.JPG







この季節なら短パンなんですが、足の日焼けすら恐れ、ナイロンパンツ、、

それにしてもいつも感じるんですが、この後ろの垂れ幕のフレーズ、、
これ、私が考えデザインして発注し掲げてるんですが、
よくよく考えうるに、このフレーズに一番そぐわない頭髪スタイルしてるのは
私ではないでしょうか、、、
IMG_1427.JPG






家から若草大橋までは40分、土手に上りサイクリングロードを一気に
神栖迄走り、そこから千葉県側に渡り一般道を小見川から銚子までという、
曲がるとこは2回しかない簡単コース、、

               ニッソーCC前、
IMG_1429.JPG





幸いにも風は無風、気温こそ高いものも日差しは、肌に優しめ、、、
誰も通らぬサイリングロードでの楽しみ、ipodを聴きながらの一人カラオケ、、
           (厳密には不法行為です、、)

      先に見えるは長豊橋、成田空港はすぐそこ、、
IMG_1431.JPG



ここで怪しい雲行き、、 いや、紫外線行き、、、、、、

こりゃまずい、 ということで首にタオルを巻き、顔と腕にはSPF50を追加、






いくらなんでも男のくせに、日焼けを恐れ過ぎじゃないかと
思われるかもしれませんが、、、
ここで、ちょっと長くなりますが、私が日焼けを嫌う、その理由を綴りましょう、



今ほど日焼けの害が叫ばれていなかった昭和の時代、流行(はやり)
とはおかしなもので、浅黒い肌は健康の象徴みたいなもんに思われ、
若者は皆、海だ川だ、バーベキューだといっては日焼にいそしみ、
腕を折り曲げ、見せ合っては黒さを競っていました。
当時、日焼けした肌というのはイケてる若者の象徴のようなもんでした。

それは男に限らず女性にもいえたことで、今では美白の50歳、
松田聖子ですらビックリすることに 遡ること30年、”小麦色のマーメイド” 
との歌の中で  ”私20才のマーメイド、小麦色なの、、”  などと彼女自身、
色黒を自己申告してたほどです。
まあ、実際は小麦色というよりは油揚げの様な上品な色でしたが、、
それに対し、中山美穂のデビュー当時はモロ黒での登場だったのを
私は忘れていません、、

いずれにしろ日焼けした肌とは男性であれ女性であれ、若者にとって自分を
華々しく健康的、魅力的に見せるための装いの一部のようなもんでした。

ところがそんな流行りも20年も経つと浅黒い肌の健康的な見栄えよりも
紫外線による副作用の方に皆の関心が向いてきたんです、、
もちろん美しさが商品価値のタレントさんは、長い月日の中で自身の
商品価値を落とさぬよう豊な経済力を基に日頃から容姿に対しての
投資と努力を惜しまない訳ですから若き日の美しさから妖艶な美しさへと
変化していくのは、なんの不思議もありません、、
      それこそ肌の色が油揚げから杏仁豆腐になったとしても、、

しかし我々一般庶民は相当な精神的エネルギーと資金が続かぬ限り、
そのような変化はとうてい望めるはずもなく、若かりし頃に調子込んだ奴ほど
そのツケがが後々になって出てくるもので、
私の周りには土色のシミや胡麻のようなソバカスの出現により老醜の呪縛に
苛まれ、後悔している奴がどれほど多いことか、、
その肌の色ツヤは皆、まるで油揚げが、がんもどきに変化したようです、、、
素人と芸能人を比べるのはちょっと苦しいですが、それほど避けられぬ
ものなんです、  茄子の花が必ず実になってしまうように、、

こんな無責任なこと書いてる私も御多分に漏れず、調子込んだ過去の
おかげで悲しいことに、老いさらばえた背中はシミのプラネタリウムに
なってしまいました、、 
まあ何もここで過ぎさった愚行の代償を嘆くつもりはありませんけど、
多少なりにも後悔していることは確かです、、

だからといってその愚行が無ければ ”外見の若さ” がいつまでも
続いていたとも思わないし、加齢による自然老化も十分認めます、
しかしながら私の恐るるものは、見た目の衰えを自覚するほど、
若さというものの価値の高さに気付き始め、生命固有の”老い” とは
絶対的一方通行だと認めた時、
避けられぬ自らのその”老い”というものに屈服してしまうことなんです。
そうなると若さに象徴されるアクティブさが消え失せ、気力が萎え始め
ひいては生命力の衰えをも招いてしまいます、、、
”もう歳なんだから、”とか、”若い時はOOだったのに、、”
”若くないんだから、しょうがないだろ、、”  こんな言葉が出てくるんです。
それはつまり、若さが色褪せ、身心から湧き出るエネルギッシュさが
全く無い ”モロおっさん” を意味するものであり、 それもこれも、
そこに辿り着く迄の出発点を徹底的に突き詰めてみると、
もちろん加齢による気力の衰えもあるでしょうが、ある意味
容姿の老化から来る自身の諦めも大きな原因の一つだとおもうんです。
そして日焼けはその ”容姿の老化” を間違いなく促進さすものであり
後年、見た目の若々しさを加速度的に奪ってゆくものでもあるのです。

かくして、鏡の中の老いた我が身と会うたびに、痛恨の念に駆られ、
上記の道筋を辿るわけです。
よって、”日焼け” これは、ろくでもないものと断じていいでしょう、、、
ま、むちゃくちゃな理屈ですが、要は私が日焼を嫌がってるのは、
こんな理由(先入観)があるからなんです。

これまた悲しい事ですが、見た目が老けていると、
仕事にも影響しちゃうんです、、、




              あ、建築中の圏央道の橋だ、、、、、
IMG_1432.JPG






ま、そういうわけで暑い中、河内町を過ぎると稲敷市へ到達、、
佐原の水郷大橋あたりまで来るともう家から30キロ以上は漕いで来ました。
あんまり暑いんでTSUTAYAで涼ませてもらい、
お礼に夜用に単行本2冊購入、
35度くらいあんじゃないのかとの外へ出、腕時計に目を向ければ11時、、
        ちょっと早いですがお昼にしますか、


幸いにもこのあたりには、ラーメン、蕎麦、とんかつ、色々なお店があり、
考えた末、寿司屋で贅沢ランチを選択、 とはいえ贅沢と言ってはみても
私の昼食の上限は1200円と決めていますでの、これ以上は別次元です、

それでも一人で美味しいものを食べると結構罪悪感ってあるんです、、、
こんな時、家人が粗末な昼食だったらどうしよう、、 とか、、、

電話をしてみるとスタッフ達と外食中、 じゃ、遠慮なくいただきます、、




チラシ寿司に天ぷら(エビ、イカ、ししとう)、茶碗蒸しが付いての1200円
でしたらまあまあでしょう、、

味は、、   もちろん美味しかった、  んですが、大食漢の私にとって
この位だと、おつまみ程度の量なので、贅沢を言うならば
これを二人前くらい食べたかった、、

IMG_1433.JPG



多少腹も膨れてまた銚子に向けてペダルを回し始めます、
先に見えるは東関東自動車道の橋でしょうか、、
ここでスゴイこと発見!
この利根川、海に向かって左岸なんですが、この場所何故か千葉県でした?

だからでしょうか、サイクリングロードもちょっぴり荒れてます、、
予算の差でしょうか、茨城側は全面舗装ですが千葉側は、、、、、

        走るのであれば茨城側を強く勧めます。
IMG_1434.JPG




サイクリングロードは小見川までしかありません、
この小見川大橋は水門になっており、水量の調整が出来るみたいです、
この場所なら上流からだけのものでなく、海からの逆流も防げ、橋下駄を
利用しているので、きっと建築コストも抑えられるんでしょう、、

こんなもっともな事書いてるんですが、実は頭の中では、

”ところで、この建設費の出所、千葉?茨城? 折半だったら茨城こりゃあ、
人口考えると割にあわないぞ” 

などと卑しくも、いつもこう金のことばっかり考えて走っているんです、、

        それだけ税金に苦しめられている証拠です、、、、、
IMG_1435.JPG







利根川をはさんで神栖市と東庄町を見比べると、
活気ある一大工業地帯に対し、遥かなる田圃の地平線、、

      サイクリングロードの差は法人税の差かな?
IMG_1436.JPG




銚子までは国道356号線をひたすら直進なので迷うことはありませんが、
なにせ古い国道なので路側帯が無い、、
道が狭いうえ大型車の通行も多いので、とにかく
怖い、危ない、気が抜けない、
恥ずかしいですがロードレーサーでフラフラ歩道を走らせてもらいました、、
IMG_1437.JPG





かもめ大橋(有料)も近づけば、なんとなく海も近いような雰囲気、、

けれど、暑かった、、  ここまで冷たいお茶5本は飲みましたよ、、

                 もう少し、、
IMG_1438.JPG



JR銚子駅を過ぎ、あの濡れ煎餅の販売でなんとか破綻を免れた
銚子電鉄沿いに犬吠埼へと向かいます、

今回のコースは、この辺り迄、全くの平坦道で、勾配となると、
海に到達する寸前にほんの少しの坂があるだけです。
そして海が見えてくると急坂を下っていくのは地形は鹿島とよく似ています、、
       


                    あ、海だ、、
IMG_1439.JPG





海辺を1キロも走ると前方に犬吠埼灯台が、、

知ってのとうり、この灯台は本州最東端にあり、2枚前の写真にあった
”日本一早く日の出の見られる場所” なんです、
IMG_1440.JPG





別に日の出なんかには全く関心の無い私ですが、実はここには今から
24年前、昭和63年の元旦に訪れた思い出の地なんです。

その時は前日、大晦日の夜、5年間勤めた理髪店を辞め、年が明け、
どういう訳か犬吠埼に来てたんです、そして、この先どうしようか、、 
と、漠然とした心境で崖上の手すりにアゴを乗せ海を眺めていました。 
お店の方とは一応、年季明け(修行終了)で円満退店ということでしたが、
後々思えば、私の代わりに5才若い青年が入店することが決まってから
すぐに年季明けを言い渡されたので、いうなれば体のいいリストラでした。

なにせ成人してから無職になったのは初めなもんなんで、それはそれは
不安でした、、 前日に135000円の給料のほかに5万円の退職金、、、
たった、たったこれだけで5年間勤め上げた職場からポイされて、
これからどうしよう、、そんな思いの中、、唇ヒン曲げては溜息ついて
いろいろなこと考えてたんです、、、、

思い返してみれば、その時は随分とお店に利用され、愚直なまでに
利益供与に尽くしたわりには、最後はこんなもんかよ、、、、
そんな思いが頭の中に充満し、肩を落として海を眺めていた24年前でした。

ところが、海ってものは不思議なもんで、生命発祥の地と言われていますが、
ひょっとしたら、生命力をも生み出す力もあるのかもしれません、
なぜなら、幸運なことにフワフワ浮かぶ海鳥を見ていると、人の意のままに
従い、動いていた5年間に対して段々怒りにも似た激情が湧き上がって
きたんです、、、、

そして、その瞬間に、ここで誓ったんです、

もうこんな思いをするのはまっぴらだと、、 チャンスやラッキーが来るのを
じっと待つ、受け身の従順人生よりも、誰よりも能動的にグイグイ前へ出ては
チャンスやラッキーを、自らこの手で鷲掴みするようなアグレッシブで
攻撃的な生き方にしようと、、、


そして、その昭和63年の元旦が私の人生、驀進モードのスタートでした。


時は折しも好景気の真っ最中、24歳の私はその2週間後、自分でも
ビックリするような行動に出たんです、、 
      

   まあこれは、いずれ書こうと決めていますんで、その時にでも、、
IMG_1441.JPG




      手すりが変わってるけど、たしか、このあたりだったな、、、

その時はサザエを焼く香ばしい煙が漂っていたんですが、24年経った今、
ここ犬吠崎灯台に隣接するお店は半分が無くなっていました、、、
IMG_1442.JPG



さすがにこのあたりは波が高いので海水浴は厳禁です、
こんないい天気だから、波打ち際すら、ほのぼの見えますが、
悪天候時には演歌の歌詞に表現される日本海並みの姿で、
三角で囲んだ東映マークが現れるのではというくらい荒々しい海なんです、、
IMG_1443.JPG




旅館には5時に行きますと伝えたんで、ちょっと時間つぶし、、

どうも、接客業をしてると、予約時間には敏感になってしまいます、
少しであっても時間を過ぎて着くのは、もちろん失礼にあたりますが、
べつに早く着いて待っているのは全然失礼じゃなく誠実の極み、みたいに
思ってたんですが、私が早く着くことによって、もし休憩時間中だったら
休憩終了させちゃうかな、食事中だったら早飯させちゃうかな、とか
考えちゃうんですよ、、、
気を使いすぎかもしれませんが、5分前に着く事が私の中の美徳です、、

               気ぃ、使いすぎかな、、、



IMG_1444.JPG



この日の宿泊は ”大徳ホテル” 楽天トラベルで検索すると一番評価が
高かったホテルです。

ホテル玄関前に着き、入り口を見ると ”松本様” の看板、チラッと中を覗くと
割烹着をかけた女将さんが、スッ飛んで出てきて迎い入れてくれました。
にこやかな笑顔とデカい声での挨拶は、なるほど好評価のはずです、、

すぐさま自転車を屋根のある場所に案内してくれたのにはビックリ、
こちらの言おうとしていることを先取りし、口より体が先に動く動作は同じ
サービス業として是非見習いたいとこです、、


この接客を見せてもらっただけでも、もはや満足でした。
IMG_1472.JPG







通された部屋は海の真ん前、この電柱は愛嬌としましょう。

100キロ近く走ったので、涼しいこの部屋でゴロンと転がれば、
吸い込まれるような眠気、、

晩御飯が6時半なので30分だけ、、、  大の字で睡眠、、
IMG_1446.JPG




5時40分に起き、さて、お風呂でも行きましょうか、、
本来早風呂の私ですが、せっかく一人旅行に来たんですから、ゆっくりと、、

誰も居なかったらお風呂の写真も、と思いカメラをタオルに包み大浴場へ
向かいます、 玄関入口の、 ”歓迎OO様” の看板は私の他には、
ひと組しかなかったので、多分お風呂は貸切でしょう、、、




すると、、、  予想通りでした、、、、

こんなに広いお風呂に一人で入れるなんて、やはり平日休みの特権です、
IMG_1465.JPG



お湯に浸かる前には、よ〜く体を洗ってから、、

一年に1,2回ですが、一人で旅行に来て、こう明るいうちから大きなお風呂に
ゆっくり入れるなんて自分でも猛烈に恵まれてる奴だと実感します、


そのかわり、普段は納税の為に岩窟王並みの辛抱を強いられていますが、、
IMG_1468.JPG



体を洗い、頭を洗い、膨潤して膨らんじゃったんじゃないかと思う程
30分以上どっぷりと湯に浸かり、風呂を後にしました、

湯気にまみれになりながら部屋への帰りみち、濡れた髪をタオルで
拭き拭き歩いてると私の部屋に晩御飯を運んでいる最中、、
首を伸ばして覗いてみると、何やらすんごいご馳走、、

左の皿にはキャベツしかないので尋ねてみると、今から揚げたての
イワシのフライが来ます、との返事、 

             クゥ〜〜〜ッ、期待できそう!!

IMG_1447.JPG





     『はい、おまちどうさま、揚げたてなんで熱いうちにどうぞ!』

           『ハイハイ、もちろんそのつもりです!』

お腹が減っている時のフライやコロッケの旨さは驚愕モンです、
皆さんも中学時代、部活を終えての帰り道、肉屋の前でソースをかけた
コロッケを熱ぢぃ熱ぢぃ言いながら頬張った記憶があるはずです、
あまりの旨さに夢中で食べた30円のコロッケ、、
この場面は腹の減り具合からいって、そのコロッケが
イワシフライになっただけです、


     この、ソースをかけている時の圧倒的な期待感!!
IMG_1449.JPG



熱々のイワシを前歯でかじり、 ”サクッ、、 ハァフ〜〜ッ!、、ハフハフ!!”  

                  『熱ぢぃ!』

すかさず、冷た〜いビールと一気飲み、、  脳天を突き抜ける旨さの残像!

       なんで? どうして?、、どうすりゃこんなに美味しいの!!
IMG_1448.JPG


後から知ったんですが、銚子はイワシの水揚げが日本一だそうです、
日本のイワシの水揚げ量の半分は、ここ銚子で揚がるそうです、
それだけ豊富に獲れる鮮度のいいイワシを獲れたら速攻でフライにするん
でしたらそりゃ旨いはずですよ、、

そして銚子といえば、サンマが有名なんですが、7月だったら、ちょっと早い、、
この、イワシとサンマの二枚看板とおもいきや、実はもう一つあったんです、、
              それは、、 金目鯛、
スゴイ嬉しいことに、宿泊プランを金目鯛プランにしてたんです、、

するとなんと、こんなにドでかい金目鯛がいきなり登場してました、、
                それも姿造り、、
その上、残った頭やアラは次の日の朝食でアラ煮にしてくれるとのこと、、
これ、とっても楽しみ、、
IMG_1450.JPG




わさび醤油をチョビットつけて、一切れ口に入れれば、これまた旨々!!
絶妙な脂ののり具合、グルメを気取るわけではないですが、お刺身はやはり
つける醤油の量と味って重要だとおもうんです、つけ過ぎると魚本来の、
微かな味を覆ってしまうし、好みの醤油以外だと味が全く変わってしまいます。

やはり千葉県生まれの茨城県民の私は、なんといっても濃口醤油です。
それを刺身の端っこにチビッと付けてワサビをチョロッと乗せるのが私流、
譬えるなら、金目⇒横綱  醤油⇒太刀持ち  山葵⇒露払い
             こんなとこでしょう、、、

そして何を言わんか、もうお分かりだとおもいますが、そう、ここ銚子はキンメ、
イワシ、サンマの名物トリオの他に醤油という金看板も持っているんです、

やはり今回、銚子にして良かった、、 もちろんこの大徳ホテルもです、、

ここで、気になるお値段ですが2名だと11000円でしたが、
1名ひと部屋だったので一泊二食で13000円でした。
一人客なのに部屋出しの夕食とはとても嬉しいサービスです。
建物の古さも、行き届いた掃除のあとがうかかえるのでまあ良しとしましょう、
料理と接客は金メダル、金額とサービスは等価交換以上のものがありました、、


          ああ、そんなことより、キンメ、キンメ、、
IMG_1451.JPG



その横にあった平鍋の中身はサンガ焼き(ナメロウを焼いたもの)にキンメ、
これを蒸し焼きにしてポン酢でいただきました。
この他にもイワシの酢〆や煮魚、焼き海老、ちょっと早いサンマの刺身etc、、

あんまり早くたべちゃもったいないんで、ビールをチュッチュ飲みながら
一時間以上かけ、ゆっくり味わい、御馳走に囲まれた楽しい一人飲み会、、、
IMG_1452.JPG







お酒大好きの私ですから、まさかこれで、お眠のわけありません、、

              リュックをガサゴソ、、、、、

この後を想定し昼間、銚子のコンビニで買っておいた、おつまみ3品、
セコイ奴とお思いでしょうが、呑兵衛なんてこんなもんですよ、 
IMG_1453.JPG




ここからが至福の読書時間、旅行へ来て、静か〜な部屋でビールを
飲みながら、ここで読もうと、とっておいた大好きな浅田次郎の単行本、




            やっぱり私、幸せ者かも、、、、
IMG_1455.JPG










         5本目のビールは寝酒、   ま、いっか、、
IMG_1454.JPG




さすがに100キロ漕いだ後、ゆっくり風呂に浸かり、その後6時半から
飲み始めれば、いくらなんでも10時は越えられません、、
息苦しさに目を覚ませば、開いたページにおでこを押し付け、コップのビールは
こぼれていました、、

腕時計に目を向ければ11時半、そそくさと後始末をし、再び寝入れば
深い眠り、、  

夜明けにガーガーと鳴く鳥の声に気付き、パッと目を開けると、見知らぬ天井、

             『うっ、やばっ、、どこだここ??』

これ、酔っぱらうほどよくあることで、毎回眠気が一瞬でフッ飛び、目先と体が
コチン、、と固まり、よ〜く、思い巡らし、今の状況が危機的状況でないと分かると
体の力が抜ける、、、、

文字にするのも恥ずかしいですが、今これを読んでる世の私のような奴は、
 ”ウンウン、分かるぞ!!” と同調してくれてるでしょう、、

      ”そうだった、一人で銚子に来てるんだった、、、、”

大きく溜息ついて、また手首に目を向ければ4時をちょっと回ったところ、、
窓の色が、やや黒さが薄れてきてるんで、じゃあちょっと日本一早い日の出を
見ますか、、


                   起きたとこ、、
IMG_1457.JPG






                      五分後、、
IMG_1460.JPG





                だんだん赤くなってきます、、
IMG_1462.JPG




            こりゃ、今日も暑くなるかな?
IMG_1461.JPG







              見えてきた、、、
IMG_1463.JPG










              この部屋、真東向きだったんだ、、
IMG_1470.JPG





きっちり見届けたら再度就寝、、
よく、職人は ”早飯、早糞芸のうち” といいますが、いつでもどこでも瞬時に
眠れ、キリッと起きれる能力も芸のうちで、これは長時間労働ゆえに身に付く
悲しきスキルであり、かのナポレオンの3時間もこれの有効活用でしょう、、




3時間後にキリッと起き朝風呂、また湯気まみれになりながら朝食会場へ、、
朝の御飯は宴会場でとのことなんですが、いやはや、、ビッチリ縦横畳が並ぶ 
柔道場のように広い大広間に入るいなや、ポツンと小さなお膳と座椅子、、、
一言で例えるならズバリ、お城での殿様の食事、、

       あっけにとられて部屋の撮影忘れてしまいました、、、、、

すると嬉しい事に、私の大飯食らいを知っての事かお櫃には御飯が山盛り
入ってるじゃないですか、、    それに加えこの美しいオカズ、、

旨い、旨い!! 朝から煮たての湯気立つキンメ食べれるなんて、、、
もちろん完食、残ったものは、、

○サバの小骨、、
○キンメの骨と目玉の中心
○梅干しの種、

IMG_1471.JPG




部屋に戻りテレビをつければ、いつもの小倉智明、彼の顔が視界に入ると
一日が始まる合図、、      そんじゃ、帰りますか!



名残惜しむよう再度、犬吠埼灯台を眺めてUターン、

そんなことより、吹いてる風、これ南西の風じゃないですか、、、
おまけに日差しも、力強く降り注いじゃって、、  紫外線含有率高そう、、、

冒頭の ”2大ろくなもんじゃない” が、で〜んと腕組みし、大股開いて
帰り道をふさぎ、行く手を阻んでいるような気がします、、

           さ、て、と、、、      どうしよ、、
IMG_1445.JPG











                 じゃ、こうしますか、、
                      ↓↓















IMG_1473.JPG




こんな事もあろうかとサドルバックの中には、いつでも輪行袋が入っています。
冒頭の日焼けと向かい風を避けるためです、、、


                なんと気分のいいこと!





あたりまえですが、ここまでは紫外線は届かないし、
日焼けの心配もありません、

ウエンツ瑛士とまでとはいいませんが少しでも黒肌を色褪せさせないと、、
IMG_1474.JPG









JR銚子駅から成田線で滑河駅まで1時間ちょっと、、、 60キロくらいの短縮、

滑河で組み立てしてると、やっぱり向かい風になりそう、日差しも強烈、、、
でもまあ、ここからだったら家まで30キロほどなんで、のんびり漕いで
2時間ってとこでしょう、、
この時点でまだ11時前なんで、あまり早く着いちゃうと旅行に行った
というより、外泊してきたような気になっちゃうんで、
途中で蕎麦でも食べていきますか、

河内町金江津地区あたり、
ちょうどこの上が成田空港滑走路への空の通り道、、
IMG_1475.JPG 




ここからは昨日と同様、汗を拭き拭きのんびりと一人カラオケで走行、、


今回振り返ってみると神経質なほど日焼けにビビってましたが、
結構中身の濃いサイクリングだったと自分では思っています、、

結果、思い出の地への再訪となったわけですが、本当の事をいうなら、
実は人生を決定づけた場所に、”おい、どうだ24年前の俺!、おまえの
望んでた未来の青写真、現実のものにしたぞ!!” と、過去の自分に
報告し、海風に吹かれながら凱旋気分を味わい感動したかったんですが、
実際のとこ、そんなもんよりキンメの刺身やイワシのフライのほうが
よっぽど感動しました、、   感涙モノといってもいいでしょう、、、、
これは、爽快感や景色よりも今回のメインは味覚だったという締めくくりです。


そして冒頭での ”2大ろくなもんじゃない” についての長々とした説明、、
所々にチクチクと税金への文句、、それだけ日々悩まされ、毎回苦しめられて
いるということなんです、、、
今回は何故か、そんな事をぼやいてみたかったんです、、 
次回は、爽やかな内容を約束します。


よって、暑い暑いと汗を拭って自転車漕いでる最中、考えたんですよ、、
次は涼しいとこにしようって、、
残り少ない夏、日帰りだから関東近辺になりますが、せめて標高千メートル
以上のとこへしようと、、、  紫外線も少なく、風もそよ風のとこに、、





    上高地か奥日光か谷川岳、、   よし! このどこかにしよ、、







| 店長の休日 | 20:36 | comments(2) | -
茨城県龍ヶ崎 富士理容館ホームページへ 富士理容館ブログのTOPへ
更新日
S M T W T F S
1234567
891011121314
15161718192021
22232425262728
2930     
<< April 2018 >>
スタッフプロフィール
新着記事
記事カテゴリー
過去記事
コメントをいただきました
モバイル
qrcode
ホームページ制作 サフラワークス 東京・大田区